第151話 三人探索

 たまに、イレインとマリヴェルが訓練場に顔を出すようになった。

 ローズとは違って、これまでも微妙に殿下の派閥からは距離を取っていた二人だ。

 これまでよりは少しばかり周囲の反応がよそよそしいこともあるようだが、生活を一変させるほどのことは何もなく、俺としても一安心である。

 

 二人が来るようになったこと以外の俺の変化と言えば、これまで数度、殿下からの寂しそうな視線と、ローズから何とかしなさいよという理不尽な視線を頂いたくらいである。

 ローズなんかは俺が余計なことしたらしたで文句を言うだろうに、殿下の寂しそうな顔を見ると胸が痛むらしく、無責任にそんな視線を送ってくる。胸のあたりを抑えて妙な表情をするせいで、周りの女子から心配をされていた。

 あとなんか、男子が色めき立っていた。

 切なそうな表情が刺さったらしい。

 俺にとってはマジでどうでもいいことである。


 というわけで、動くとやや暑いくらいの気候になってきた五月の半ば。

 俺とクルーブとアウダス先輩の三人は、しっかりと装備を整えて、学園のダンジョンへ潜っていた。

 迷宮型のダンジョンは、外の気候と比べるといくらかひんやりとしていて、夏場なんかは過ごしやすい。

 代わりと言っては何だが、ちょっとばかりカビと埃の匂いがするのだけど。

 まぁ臭いに関しては、魔物を殺すと自動的にそちらで上書きされてしまうので、気にするほどのことではない。そもそもダンジョンに快適な環境を求めるのが間違っているのだけれど。


 アウダス先輩はダンジョン慣れしているわけではないから、罠がありそうな場所は俺が先行する。代わりに魔物が出てくれば最前線は先輩にお任せだ。

 俺とクルーブは後ろで固定砲台と化す。

 一切の敵を後ろに通さないアウダス先輩がいると、それだけで探索効率が爆上がりだった。ダンジョンの特徴や罠についてレクチャーしながらでも十分におつりがくる。

 バランスのいい探索者シーカーチームって本来こういうものなんだろうなあ。

 俺やクルーブのように、一人で戦うことを前提と考えている人の方が珍しいのだ。

 何かこじらせていない限りそうはならない。


 ちなみにこれは俺のことではなくクルーブのことを指している。

 俺の場合は元々身を守るすべを手にするために、実戦を求めてダンジョンに潜っているだけだから例外なのだ。


 そういえばアウダス先輩は訓練場では普通のロングソードを使っていたのだが、実戦では2mはあろうかというツヴァイハンダーを振り回し始めた。

 攻撃を形容する言葉としてよく炎が使われるが、まさに先輩の攻勢は烈火のごとくだった。ぶん回す癖に戻しが早すぎて付け入るスキがない。

 その有効射程はいつも以上に広く、味方にいれば非常に頼りになる存在だった。

 そりゃあ訓練場でこんな武器を振り回すわけにはいかないだろう。本気を出していなかったように見えたのも納得である。

 突っ込んでくるミノタウロスの分厚い体を唐竹割にしたときは思わず感嘆の声が漏れた。


 特に怪我も不調もなく、前回引き返した4階層と5階層の間までたどり着いた。

 時間はおそらくまだ夕方にも差し掛かっていない。

 地面にごろりと仰向けに転がりリラックスしたクルーブに習って、俺も壁に寄りかかって座る。

 クルーブほど本気で休む気にはなれないが、ここが安全なことはよくわかっている。気を張ってたったままでいるのはアウダス先輩だけだ。

 性分なのか、安全エリアと分かっていても休む気にはならないらしい。


「いや、実際大したものだよね。探索者シーカーとしてやっていく気ない?」

「お誘いはありがたいですが、騎士になると決めています」


 相変わらずの童顔であるクルーブとアウダス先輩を見比べると、どう見ても後者が年上だ。寝転がっているクルーブに敬語を使っている姿を見ると、すでに貴族のボンボンと真面目な騎士のやり取りのように見えてくる。

 先輩はともかく、クルーブはもうちょっと緊張感を持て。


「残念。あいつが強かったから、中々満足いく前衛って見つかんないんだよなぁ……」


 ぼやくクルーブが思い出しているのは、きっとスバリのことなのだろう。

 先輩とは違って正統派ではなかったけれど、クルーブが認めているのだからさぞかし優秀な探索者だったに違いない。

 しばしの休憩を挟んで「よっ」という掛け声とともに、上着をはためかせ華麗に、無駄にカロリーを消費しそうな動きで立ち上がったクルーブは、首のストレッチをしながら下りの階段を見る。


「さて、こっから先は墳墓型のダンジョンになるから。5階にいるのは血吸い蝙蝠と、スケルトンね。どちらももろいけど、数が多い。スケルトンに関しては、骨を砕かない限りしばらくすると勝手に組み合わさるから気を付けて」

「めんどくさそうですね。動きが早くないなら露払いだけして無視した方がいいのでは?」


 クルーブは肩を竦めると面倒くさそうに答える。


「それがそうもいかないんだよねぇ。この階からボスみたいなのが出るんだけどさぁ、5階のボスはでかいスケルトンなわけ。この階で無事だったスケルトンの骨の数だけ巨大になるっていうから、ある程度処理しないと後ででかいのを処理することになる」

「あー……、じゃあ処理しないとダメですね」

「……倒すのは構わないが、無視して先に進むこともできるのでは?」


 これまでもボスが出るようなダンジョンに潜ったことがある俺は、納得できたが、アウダス先輩は素直に疑問を持ったらしい。初めてボスがいるダンジョンに潜った時、俺も同じように思った。


「それがねー……、ボス倒さないと扉があかないんだよねぇ」

「なるほど」


 案外意地悪にできているのだ、ダンジョン。


「ってことで、墳墓攻略、気合入れて行くよぉ。迷宮型と違って罠は気にしないでいいから、アウダス君はガンガン前でて」

「承知した」


 絶妙に気合いの入らない掛け声の後に、それでもクルーブは的確に指示を出していく。初めてのエリアだけれどクルーブが一緒ならば、それほど心配をする必要もないだろう。

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