第149話 マリヴェルの主張
「ベル、大丈夫です。いじめられてません」
「そうだぞ、むしろ俺たちがいつも訓練相手にさせられていじめられてる」
「……噓」
「噓じゃないぞ」
シグラト先輩とマリヴェルはしばらく見つめ合う。
大人でも目を合わせることを避けそうなシグラト先輩相手にマリヴェルは一歩も譲らなかった。
「すまん、嘘だ」
シグラト先輩がお手上げすると、ふんっ、とマリヴェルが俺の頭の上で鼻から息を漏らす。
怖がりのはずなのによく頑張ったなぁ。
「ベル、ありがとうございます」
「いいの」
満足そうな声で答えるが、俺は言わなきゃいけないことがあるんだよな。
「でもね、ベル。僕はここに来ちゃだめですって話をしたはずですよ?」
俺が言うとマリヴェルはそーっと俺から手を離すと、後ろに手を組んでそろりそろりと俺から離れて草むらへ戻っていこうとしたので、逃げないように今度は俺が捕まえる。
「虫に刺されるからやめましょうね」
「うん」
「ここはあまり人目につかないからいいですが……。あまり仲がいいのを見せてしまうのも」
「別にいい」
「特にローズの友人とかは何か言ってくるかもしれません。ベルが嫌な思いをするのは僕が嫌です」
「ん……」
拗ねたような顔をしたマリヴェルは、急に聞き分けが悪くなる。
何が原因だ?
「ベル、どうしたんですか」
「ボクは……、ルーサーと話せないほうが嫌だ」
なるほど。うーん、でもなぁ。
俺の中のマリヴェルっていつも後ろに隠れてもじもじしている子なんだよな。
ませた女の子たちに嫌なことを言われたりされたりして、自分で解決できるとは思えない。ローズだって派閥のことを考えれば、あからさまにマリヴェルのことばかり庇うわけにはいかないと思うし、イレインが肩入れしすぎても隣国の王女と繋がっていると思われるのも厄介だ。
どう考えても俺とはあまり関わらないほうがいい。
「イレインは……! 一緒に訓練したって……」
秘密の部屋では納得したように見え急ていたけれど、じっくり考えた結果やっぱり自分もとなったわけだ。マリヴェルは昔から殿下じゃなくて俺にくっついてきている節があったから、気持ちはわからないでもないんだよなぁ。
「ルーサー、いじめるなよ。かわいそうだろ」
「シグラト先輩は黙っててくれませんか? 結構繊細なお話しなんです」
「ほらな、こいつの方が意地悪だろ?」
シグラト先輩の訴えにマリヴェルはよくわからないというように首をかしげる。
「何でこれはわかんねぇんだよ」
天然パーマを片手でかき回しながら先輩が愚痴る。
つーかいつまで近くで話聞いてるんだよ、この人。
「……わかりました。じゃあ来てもいいですが、誰かが僕の文句を言ってるのを聞いても言い返さないでください。もし嫌な思いをするようなことがあったら、どんなに僕に言いにくい内容でも、ちゃんと相談をしてください」
マリヴェルは嫌そうな顔をして俺から目を逸らす。
意外と強情だなぁ。
「約束しないと来ちゃだめです」
「…………うん」
これ了承なのか? 本当にわかってる?
まぁ、いざとなったら寮の先輩方が庇ってくれるかな。だいぶかわいがってくれているようにも見えたし。
「……いい?」
俺より背が高いマリヴェルは、そっと俺の表情お窺うようにしても上目遣いにはならない。
それでも仕草の可愛らしさに思わず気が抜けてしまって、俺は苦笑した。
「じゃ、怪我しないように端っこにいてください。帰りは送っていきますから」
「うん!」
俺の返事に満足したのか、マリヴェルはそのまま訓練場の端っこへ走っていった。
交代するようにヒューズとイス君が俺の近くへ寄ってくる。
「やっぱルーサーは強いな!」
うんうんとヒューズに同意するイス君は、マリヴェルと少しだけ似ている。
素直なタイプってみんな目がキラキラしてて、甘やかしてやりたくなってしまうから不思議だ。
年下の兄妹が出来てからはそれが加速している気がする。
俺は甘えられるのに弱いのかもしれない。
「先生がいいですから。さ、二人も訓練です。剣だけだとまだまだアウダス先輩には及ばないので、僕も頑張らないと」
訓練場でお喋りばかりしていても仕方ない。
全力で戦った後でも、俺の体はまだまだ動く。
魔力も体力も、やり過ぎない範囲で毎日ぎりぎりまで鍛えたほうが伸びるに決まってるのだ。
今日のことでアウダス先輩にはまだまだ剣で及ばないことが分かったので、今日からまた気合いを入れ直して訓練だ。
二人を促して課題を与えると、俺も先輩方の間に飛び込んで実践の訓練を積むことにするのだった。
ほとんど日が落ちてしまってから、四人で並んで寮へ戻る。
先輩方が先に帰れと言ってくれたので、お言葉に甘えた形だ。
ちなみに四人で並ぶとマリヴェルが一番背が高いし、一番かっこいい。
遠目から見たら男友達四人に見えるかもなぁ。
女子寮の前へ来ると、入り口付近で先輩たちが数人外を見て待っていた。
端の方でイレインが気配を消して座っている。
俺たちの姿を確認すると、数人の先輩がそのまま寮の中へ消えていき、イレインと先輩の親玉みたいな人だけが残る。
「アリシア先輩、どうしたんですか?」
「帰りが遅かったので心配をしていたの」
「ありがとうございます。ルーサーが……送ってくれたから大丈夫です」
「そうみたいね。ありがとうございます」
なんで俺がマリヴェルを送ってお礼を言われるんだ?
まるでこのアリシアって先輩が、マリヴェルの保護者みたいだな。
ちょっとポジション奪われた感じがしてもやもやする。
「いえ、当然のことですので……」
「少しお話があるのですが、お時間はありますか?」
「……僕にですか?」
「はい、あなたにです」
俺だけにかと確認すると、そうだとはっきり答えられてしまった。
「ヒューズ、イス、先に帰っていてください」
「え?」
「帰るぞ」
戸惑っているイス君の腕を引いて、ヒューズがさっさと引き上げていく。
ヒューズはあれでも貴族だから、お前らは席をはずせという言葉の裏くらいは理解できたのだろう。
さて、先輩はいったい何のお話があるのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます