第148話 拍手喝采

 俺の体型では、アウダス先輩の勢いの乗った剣を受け止めることが出来ない。

 自然と回避せざるを得なくなって、体勢を崩されるのがいつもだ。


 しかし、今日は魔法が使える。

 構築から発射まで、かかるのはほんのわずかな時間。

 旋礫せんれき

 回転をする尖った石が正確に、素早く先輩の剣を下から上へはじき、軌道をずらす。アウダス先輩の剣の先端が、妙に簡単に上へ跳ね上げられた。

 きちんと握っていれば痺れるような一撃だったはずなのに、上手く力を逃されてしまったようだ。

 その場にとどまった俺は、カウンター気味に横なぎ繰り出すが、すでに体勢を立て直した先輩の剣に防がれてしまった。


 力比べはごめんだ。

 俺は剣を引いてまた少し距離を取る。

 いつもは懐に飛び込んで無理やり超接近戦を続けるのだけれど、魔法があれば話は別だ。崩してから飛び込むことを繰り返す方が戦いやすい。


 それから数回、別のやり方で接近と離脱を繰り返すが、上手く跳ね返されてしまってなかなか決着がつかない。

 俺にとってはアウダス先輩はいつもの戦い方だけれど、アウダス先輩にとって俺の戦い方は初見のはずだ。うまく対応されてしまって俺としては結構悔しい状況だ。

 大樹のようにどっしりとした基礎がある上に、ここで実践を積み続けてきたアウダス先輩の実力は、この国でも有数のものになっているのだと思う。

 父上が俺と戦っている時にどれだけ本気を出していたかわからないけれど、今の時点ではそれに匹敵するレベルの崩し難さを持っていた。


 ただ、アウダス先輩の額に僅かに汗が滲み始めたのを俺は見逃さなかった。

 もしかすると、堅守することで俺の体力切れも視野に入れていたのではないだろうか。

 普通の魔法使いならとっくにへばっていてもおかしくないくらいには好き勝手魔法をばらまいてるからな。


 ということでチャンスだ。

 人との戦いは相手の意表を突くことも大事になってくる。


 礫弾の中に、威力を上げるために回転を加えた旋礫を混ぜ込み、次々と発射していく。

 ここまでのアウダス先輩の対応力を考えれば、防御に集中しなければどうにもならない数のはずだ。流石にコントロールがしんどいので、これ以上の展開は俺も避けたいところだけれど。


 着弾直前に俺も前へ走る。

 すべての魔法がはじき、叩き落とされていく光景に尊敬の念を抱きながら距離をあと数歩まで詰めた時だった。

 アウダス先輩の体に礫弾が着弾した。

 予想外の動きに思わず目を見張る。

 そして、先輩は体に魔法が直撃することをいとわず、大股で二歩俺に向けて距離を詰め左手だけで持った剣を前へ素早く突き出してきた。

 距離が一気につまる。

 急ブレーキをかけた俺の心臓の直前で、刃を潰した剣が停止した。


「……やられましたね」

「何が、やられただ」


 顔の周りを旋礫に囲まれたまま、苦い表情を浮かべるのはアウダス先輩だ。

 

「ギリギリ引き分けか」


 俺が魔法を消し、アウダス先輩が剣を引いたのはほぼ同時だった。

 これだけ魔法を好き勝手使わせてもらって相打ちというのは、俺にとっては負けみたいなものだ。苦い表情になるのは俺も一緒である。


 訓練場の外から「わぁああ」という声と拍手の音が聞こえて振り返ると、なぜかマリヴェルが草むらから頭をだし、目を輝かせて手を叩いていた。

 あらかわいい、無邪気な顔して。

 ちなみにイス君も似たような顔をして手を叩いている。

 こっちも美少年なので、かわいらしいっちゃかわいらしい。マリヴェルと二人並ぶと、マリヴェルの方がちょっとだけ凛々しいのだけれど、今はどっちも幼児みたいな表情になっている。


 それにしても、こんな辺鄙なところにご令嬢一人で来るのはやめて欲しい。

 ここに不良じみたやつがたまっていないのは、ひとえに筋肉もりもりの先輩方が住処にしているからだ。本来は学園内では比較的治安の悪い場所である。


「知り合いか?」

「……幼馴染です。ベル、こっちに来てください」

「うん!」


 うん! じゃないのよ。

 接触しないようにって言っておいたのになぜここにいる。


「ルーサー、魔法を本気で使っていなかったな?」


 マリヴェルが出てくる間に、アウダス先輩から声をかけられる。


「……殺し合いじゃないでしょう? それを言ったら先輩だってもっと非情な手段の一つや二つあるはずです。訓練でできる全力を出したつもりです」

「……それはそうだな。俺もお前と殺し合いをしようとは思わん」


 つまりまぁ、あまり本気を出し過ぎると互いに殺し合いになってしまうのでこの辺りでというやつだ。今俺の中にほんのわずかくすぶっているものがあるのと同じように、アウダス先輩の心にももっと心行くまで、という思いがあるのだろう。


「先輩今度一緒にダンジョン潜りません?」

「いいのか?」

「ちょっとクルーブ先生と交渉してみます」

「わかった」


 よし、優秀な前衛ゲット。

 俺たち二人とも魔法使いだからな、一人前衛がいるだけで戦い方が激変する。

 たまにはそんなダンジョン攻略をしてみてもいいだろう。

 何せ学園のダンジョン、未だに底が見えないのだ。

 ちょっと本腰いれて攻略に臨んだ方がいい。


 マリヴェルの接近と共にぞろぞろと集まってきていた先輩方が道を開ける。


「ルーサー、……かっこよかった!」

「はい、ありがとうございます」


 うんうん、拳をに握ってぶんぶんしてかわいいね、マリヴェル。

 でもね、どうしてここにいるのかな?

 いい感じに先輩方が壁になっているので外からは見えないかもしれないけれど、接触は避ける約束のはずだ。というか、汗臭い先輩方の中に平気で入り込んでくるの、マリヴェルって結構勇気があるよな。普通の女の子だったらめちゃくちゃ怖がると思うぞ。


「ベール、でもね、接触しちゃ駄目だって話してたよね?」

「あ、え、うん。……でも、隠れてた」


 そうだね、顔を出すまではちゃんと遠くで隠れてたね。遠眼鏡を片手に持ってるけど、それはどこで入手したのかな?


「それにここはこんな怖い顔の先輩がたくさんいる、あまり治安のよくない場所ですよ。かわいい女の子が一人で来る場所ではありません」

「おい、俺たちがやばい奴みたいな言い方するんじゃない」

「あ、はい。ほら、こういう大きくてちょっと怖い人がたくさんいるんですから」


 ぬっと現れたでか天パことシグラト先輩が、俺の頭を片手でホールドしてくる。

 やめろ巨人族め。


「だっ……め」


 マリヴェルが腕を掴んで俺の体を引き寄せる。

 驚いて手を離したシグラト先輩と、思いのほか強い力にたたらを踏む俺。

 まぁ、俺、マリヴェルより背が小さいからね。

 それでも胸の中に掻き抱かれると少々情けない気持ちにはなる。


「ルーサーのこと、いじめないで」

「ぷっ、んぐっ、い、いじめない、おう、い、いじめないぞ」


 おい、噴き出して笑ってるんじゃねぇぞ、シグラトこの野郎。

 マリヴェルは真剣なんだからな!


 でも恥ずかしいので、できるなら早めに解放してほしいところである。

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