第147話 全力で訓練をしてみよう
小中学生レベルの初恋って、どこまで本気かって難しいところだ。
この世界には身分があるから、もしイレインの中身がちゃんと女の子で、イス君がどんなにいい奴だったとしても、イレインとイス君が結ばれる可能性は非常に低い。
まして中身がこれなので、残念ながら早目に諦めさせるのも一つの優しさなのかもしれない。
はっきりと結婚をする気がないとかは、イレインの口から伝えられないから、ちょっとくらい誤解させたまま置いておくか。イス君、俺を恨まないでくれよな。
その日以来もイス君は、真面目に訓練に参加するようになった。
アウダス先輩が、このさびれた訓練場でも魔法の訓練をする許可をもらってきてくれたおかげで、好き勝手訓練が積めるのは助かる。俺と同じように、剣で戦いながら魔法を使えるようにならないものかと教えてみたのだが、流石にちょっと難しいようだった。
平民クラスでは放課後の付き合いが悪いため、やや浮いた存在になってしまっているようだが、その分実力は格段に上がったはずだ。
正直ダンジョンに一人で入れるレベルまでは仕上がるはずもないのだが、本人の努力もあってその成長は著しい。
ヒューズもいい刺激になったようで、負けじと本気で訓練をしているが、二週間もたつ頃には俺が付きっ切りで教えなくても、二人で勝負しているだけで様になるようになっていた。
「そろそろいいか」
「何がですか?」
後方先輩面して二人の戦いを見守っていると、アウダス先輩がやってきて横に立ち、声をかけてくる。
「一度本気で手合わせをするのだろう?」
「そうですね、そろそろしましょうか」
互いにうずうずしていたのだろう。
俺からもいつ切り出していいのだろうと考え始めたところだった。
ただでさえ好き勝手させてもらってるのに、更にやろうぜと申し出るのに気が引けて言えてなかったが、先輩から誘ってくれるのならば好都合だ。
一度離れて手合わせのための刃の潰した武器を選びに行く。
本当は魔法を使うためにも愛用の剣を使うのが一番だが、そこはお互い様だ。
俺たちが真剣な目つきで武器を選んでいると、何かを察した先輩方が集まってきて囲いを作った。
「やるのか?」
でか天パことシグラト先輩が、代表して俺たちに声をかけてくる。
魔法を使って戦っていいなら、今日からは負け越しの清算してやるからな。
「やりますよ。見ててもいいですけど、魔法の流れ弾が外へ行かないように気にしておいてもらえます?」
「ま、それくらいはやってやるか」
「お願いします」
こっそりと伝えると、シグラト先輩は楽しそうないたずらっぽい顔つきで了承してくれた。あらかじめこれを伝えると、一つ俺の戦い方の予測がついてしまう。アウダス先輩には知られないほうがいい。
アウダス先輩も俺が本気で魔法ぶっ放してるところは見ていないから、初めは探りを入れてくるはずだ。こっちは本気で勝ちに行くつもりだからな、見てろよー……。
互いに剣を構えて正対するころには、ヒューズとイス君も訓練をやめて先輩たちの囲いの隙間から俺たちの戦いを見物しに来ていた。囲いの正面に立つと俺の魔法を食らう可能性があるから、先輩たちがあえて後ろに下がらせておいてくれたようだ。
それにしても……、今日のアウダス先輩は、俺同様本気っぽい。
構えただけでそれがわかるのは、威圧感が今までと段違いだからだ。
これまでは切り込む隙のようなものが見えていたけれど、今日はまず、その隙を作るところから始めなければいけないのがはっきりと分かった。
父上とガッツリ戦う時と同じくらいの緊張感である。
伊達に諸先輩方を差し置いて寮監をしていない。
学園内でアウダス先輩を避けて通る悪ぶった生徒のなんと多いことか。
「よーし、じゃあ俺が合図をするからな」
シグラト先輩が言っているが、俺もアウダス先輩も見向きもしない。
「んじゃ、はじめ!」
声と同時に俺は、アウダス先輩の側面を狙うため、円を描くように右へ走りだす。
案の定アウダス先輩は様子見をするようだったがそれは悪手だろう。
走りながら発動した礫弾を即座に発射していく。
この礫弾は発射のタイミングこそずらしているが、その速度をコントロールすることで同時に着弾することになる。
魔法への対処と意識と現実の差に、数発の着弾、あるいは体勢を崩しての迎撃を狙っての一手だった。
魔法を数発放ったところで、アウダス先輩の巨体が動く。
まっすぐ俺の方へ向かうことで数発をよけ、正面の魔法だけを打ち払うことにしたのだろう。
圧倒的模範解答だ。
だがこれくらいならばやってくると想定していた。
アウダス先輩の鉄壁の構えが崩れたことだけでも一つ前進である。
悔しいけれど、剣術だけでは俺はまだまだアウダス先輩に及ばない。
まずは崩しだ。
剣先を地面に向け、アウダス先輩の踏み込む場所を凍り付かせる。
切っ先を振り上げながらそこからさらに礫弾を続けざまに放つ。
これで足元へ剣先を向けたことをごまかせていれば、足を突いた瞬間に滑ってバランスを崩すことだってあるだろう。
こすいというなかれ、相手の意識を分散させるのも戦いの手段の一つだ。
アウダス先輩が強く踏み込み、足元の氷を割った。
そしてさらに強く踏み出すことで勢いが加速する。
全然誤魔化せてねぇじゃん。
でもその代わりに、足元への意識を割くことに成功した。
順調だ。
距離が近づく。
魔法を薙ぎ払いながら先輩が進む。
魔法をぶっ放しながら俺が進む。
互いに前進することで、ついに俺たちは相手の剣の間合いへ踏み込んだ。
ここからだ、ここからは圧倒的にアウダス先輩の有利だ。
でも戦えるために小細工はしてきた。
アウダス先輩も、何も気にせず全力で剣を振るうことはできないはずだ。
だったら俺にも勝機がある。
アウダス先輩が最後の魔法を払いのけ、返す刀で俺の肩のあたりを狙った横なぎを払ってくる。
最後の一歩の足元にも氷を張ってやったから、これもまたほんのわずかに呼吸が乱せたはずだ。
だというのにその一撃は、俺が今まで見たアウダス先輩のどの一撃よりも、鋭く、早く、重いものであるようであった。
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