第146話 イレインの懸念

 先輩たちは今日用事があるのか集まりが悪い。

 というわけで、イレインに負けたヒューズとイス君の最弱決定戦を眺めながら、二人で内緒話だ。

 秘密の部屋で殿下たちと集まれるのは良いとしても、イレインと本音でだべれる場所はないに等しい。たまにはこうして話を聞いてやる必要があるだろう。

 でもずっと愚痴られるとちょっとうるせぇなって気持ちになるのは、俺がイレインに対して一切下心とか恋愛感情がないお陰だ。


「いっそ殿下たちには素の姿見せたらいいんじゃね?」

「じゃあお前はその態度で殿下たちと話せるのか?」

「無理に決まってんじゃん」

「じゃあ私も無理だろ」

「俺だって我慢してるんだから諦めろよ」

「胡散臭い笑い方がお似合いだぞ」

「クールな美少女イレインちゃんを笑わせたい一派の話聞く?」

「ぶっ殺すぞ」


 この一派はフィクションではなく実在するらしい。

 ちなみに俺はこいつらからすげぇ嫌われてる。

 彼らのアイドルの元婚約者だからね、仕方ないね。

 でも残念でした、こいつ普通にぶっ殺すぞとか言ってくるからな。


「さっき俺に負けた癖に」

「…………お前さぁ、相変わらずやたらと強さにこだわるよな」


 表情だけはクールな美少女のままイレインが変なことを言ってくる。


「自衛しなきゃいけないんだから仕方なくない?」

「普通の貴族はそんな強くないんだって。学園来たら分かっただろ」

「いや、父上とか普通に強いし。ルドックス先生も貴族だったし。アウダス先輩の周りも強いけど?」

「特殊な例を出して反論してくるのやめろ。オルカ様もルドックス先生も大人だし、アウダスとか言う先輩周りは騎士候補だろ。お前は13歳」


 なんかこいつ、昔からこの話たまにしてくるんだよな。

 強くなって悪いこともないと思うんだけど、何が気に食わないんだろうか。


「いざってときに何もできないんじゃ困るじゃん」

「なんかお前、無理してる感じするんだよな」

「無理してるっていうか、必要だから頑張ってる。今となっちゃ剣術も魔法も好きだし、別にしんどいとは思ってないけどな」

「案外、オルカ様が頑張って、殿下も頑張って、私たちもそれなりに頑張って、全部上手くいくってこともあると思うけどな」

「それが一番いいけど、人生何があるかわからないからな」


 人生半ばで終えるのはもうごめんなんだよ。

 俺は今世の両親より先に死ぬつもりはないし。


「たまにしんどくならねぇ? 私は気を抜くこともさぼることも結構あるけど、お前人前だといつも気を張ってるじゃん」

「だからお前の愚痴聞いてる時間はそれなりに気を抜いてるじゃん。元の自分知ってる相手がいるって結構大事だよな。案外お前がいなかったら、先生が亡くなったあと、立ち直れてないかもしんないし」


 話してみれば意外と自分でも気づかない本音がポロリと出ることもある。

 今みたいに。

 学園に入ってしばらく、いつの間にか結構気を張っていたようだ。

 いつもと変わらないしょうもない愚痴を吐いてくるイレインと話したら、すごく気楽になった。


「……そうかよ」


 イレインは不満そうだ。

 俺の感謝の気持ちなんか伝わってないかもしれないけれど、恥ずかしいので別にそれで構わない。

 最下位決定戦はヒューズが勝ったようだ。

 浮かれて褒めてほしそうなヒューズと、イレインちゃんにかっこいいところを見せられなくてがっくり来ているイス君。表情は対照的だ。


「俺の勝ちー!」

「一日の長ですね。負けたらどうしようかと思ってました」

「褒めろよ、素直に」


 ちょっと厳しめのコメントをすると、ヒューズは不満そうに口を尖らせた。

 褒めたらイス君の立場がねぇだろうが。

 あと、これ最下位決定戦なので誇らないで欲しい。

 というか、まずイレインに負けているという事実を反省してほしい。


「いやー……、やっぱりすぐに強くなったりしませんよね。また頑張ります」


 前向きな思考で偉い。

 実際数日訓練士からってめちゃくちゃ強くなるなんてこと滅多にないと思う。

 少なくとも俺は、今の時点で二桁年近く父上と訓練をしているのだ。

 年季が違う。


「いい勝負でした」


 適当なこと言うな、見てなかっただろお前。


「そ、そうですか? お恥ずかしいです……」

「ええ、見ごたえのある戦いでした。いつかヒューズには勝てるかもしれません」

「イレイン、酷くねぇ?」

「ヒューズは剣の訓練をしてこなかったんですか?」


 お前貴族の癖に平民で、今まで剣の訓練を積める環境になかったイス君といい勝負するとかどういうことなの、という遠回しの指摘なのだが、なぜかヒューズは胸を張った。


「うちは魔法の家系だからな。イレインだってそれは知ってるだろ?」

「剣術は貴族のたしなみだそうですよ。頑張ってくださいね」

「分かってるよ、だからこうして訓練してんじゃん」


 あーあ、拗ねちゃった。

 イレインは男連中により、女の子たちに優しい。

 殿下には丁寧に接しているけれど、俺にはあんな感じだし、ヒューズにもこんな感じだ。

 だからこそたまにイレインに褒められるとヒューズはめっちゃ浮かれてうざくなるんだけど。

 ちなみにそこに恋愛感情はない。

 やってやったというただの達成感である。

 だからイス君安心してイレインにアプローチしてもいいよ。


「……あの、ルーサー様はイレイン様と仲がいいのかな?」

「一緒に暮らしてたんだから当たり前だろ」

「え」


 ヒューズさぁ。


「ヒューズ、ウォーレン王国との関係が複雑なので、あまり大きな声でこの話をするのは止めましょう」

「あ、ごめん」


 別にいいんだけどさ、俺じゃなくてイス君に謝ってあげて欲しいい。

 ショックで固まっちゃってるから。


 いやぁ、イレインは罪作りな美少女だなぁ。


 そう思いながら横目でちらっと見ると、俺の考えなんてお見通しなのか、イレインはすでに怖い顔で俺のことを睨んでいた。

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