第145話 綺麗な少女

 しばらく近況を話し合っていた俺たちだったけれど、マリヴェルが欠伸を我慢して涙目になっているのを見つけたところで解散することが決まった。

 殿下が窪みに宝石をはめ込むと、壁が空けて外の様子が見えるようになった。

 あちらからは普通の壁に見えるマジックミラーのようになっているらしく、見つからないように外に出るのには便利だった。

 便利だったの一言で済ませたけれど、これってめちゃくちゃ高度な魔法が使われている。

 魔法の中でも魔法陣を使うタイプの魔法で、正しく動作させるためには相応の知識が必要になる。

 俺としてはまだまだ理解の浅い部分だ。

 特徴として、攻撃的な使い方をされることが少ないので、生き残ることを重視していた俺は、勉強を後回しにしているところがある。


 ルドックス先生みたいになるためには、いつかちゃんと修めないといけないよなぁ。


 そんな俺の思いはともかく、夜中にこっそりと自室へ戻った俺たちは、翌日昼前まで惰眠をむさぼってから、午後にやることを済ませ、夜中はまた秘密の部屋へ集まった。

 話すことは尽きず、それぞれ離れ離れになっていた間のことを共有した。

 実に充実した週末だった。


 そして週明け。

 たまに欠伸をかみ殺してしまうのは、仕方のないことだろう。

 月に5日間程度しか使えないあの部屋だが、翌日が休みでない日は急ぎの用事がない限り使用しないと約束した。

 あまり頻繁に利用してばれても困るし、普通に楽しいので日常生活に支障が出ても困る。


 授業中に机に突っ伏して眠るヒューズを見ながら、俺は判断が正しかったなとあらためて頷くのだった。


 放課後、いつも通りのんびりと教室を出て訓練場へ向かう。

 少なくともダンジョンに潜るための選考結果が出るまでは、ヒューズも同行させるつもりだ。今日からは自分よりもまだ弱いイス君が来ることがわかっているので、ヒューズも少し気が楽そうである。


 訓練場へ着くと、イス君ともう一人の姿があった。

 仲良くお話しでもしていればいいのに、互いに距離を取って無言である。

 イス君はどこがぎこちなく、もう一人、イレインはすまし顔だ。


 昨日の会合で、別にイレインは俺と接触しても問題ないのではないかという結論に至ったのだ。何せ昔から許婚であり、一緒に暮らしていたことも周りにばれている。今更接触を断っているほうが不自然なのではないかというのが、殿下の提案だった。


 俺としても別にイレインがいる分には気楽なもんだし、特に反対意見もない。

 剣に関してはイレインもたまに一緒に訓練をしていたし、ダンジョンに潜るための体力作りも一緒にやっていたので、俺の見立てによればヒューズよりはよほど強い。


 俺の姿を見つけたイス君は、ほっとした顔をして近づいてきた。


「ルーサー様! あの、なんかすごくきれいな人が来てるんだけど、知ってる人?」


 イス君は小声でちらちらとイレインの方を窺いながら尋ねてくる。

 まぁ、きれいではあるか。俺は中身知ってるし見慣れてるからどうとも思わないけど。


「イレインですね。ここで訓練をしていると聞いて、様子を見に来たのだと思います」

「イレインさんかぁ……」


 もしかしてタイプだったのか?

 やめといたほうがいいと思うけどなぁ。中身的にも、身分的にも。


「ウォーレン王国のお姫様です」

「え、あ! もしかしてルーサー様の許婚っていう……」

「今は曖昧になってますけどね」

「そっか……」


 あからさまに落ち込まれてしまった。

 うーん、イレイン、罪深い。


「イレイン、こちらはイスナルドです。一緒に訓練をする友人」

「初めまして、イスナルドさん。イレイン=ウォーレンです」

「あっ、こちらこそ初めまして。ルーサー様とヒューズ様には、ついこの間から訓練を付けてもらっています」

「そうですか。この時期に鍛えるということは、あなたもダンジョンへ入るのが目的ですか?」

「はい! 少しでも実力が付けたくて……」

「良い心がけですね。私も……一応ダンジョンに入れるように頑張るつもりです」


 マリヴェルとローズが入るのなら心配だし仕方ない、ということで自分も入ることにしたイレイン。訓練をちょっとばかりさぼっていたらしいから、今日は腕がなまっていないかの確認も兼ねてきている。


「イレイン様もダンジョンに……? 危なくないでしょうか」


 イス君から見れば、イレインは可憐なお姫様だ。

 そんな言葉が出てきてもおかしくないだろう。俺は思わず吹き出しそうになったけれど、イレインはやや不快に思ったのか、得意の冷たい顔をして言い返す。


「気遣いは嬉しいですが、私もルーサーほどではありませんが戦えます」

「あ、その、すみません……」


 あーあ、イス君には悪気はなかったのに、イレインがいじめるからしゅんとしちゃったじゃんか、かわいそうに。

 イレインのやつ、女の子扱いされるの相変わらず嫌がるんだよな。


「とりあえず体をほぐしましょうか」


 二人の横をさっと通り抜け、カバンを置いて体の筋を伸ばす。

 いつでも動けるように体を作っているつもりだけれど、皆がそうってわけでもないからな。訓練で怪我したってしょうがない。


「おい、イレイン、俺と手合わせしようぜ」

「いいですけど、負けても拗ねないでくださいね」

「言ったなこの……!」


 二人の軽口の応酬にイス君が驚いた顔をして、俺に寄ってくる。


「お二人は仲がいいんですか?」

「一応、昔からの知り合いなので」

「……そうですか」


 安心してほしい。

 イレインはヒューズのこと手のかかる年の離れた弟くらいにしか思ってないから。

 それを言うのなら多分イス君のことも、いい子ちゃんの美少年だな、くらいにしか思ってないだろうけど。

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