第140話 秘密の部屋2
秘密の部屋には一通りの生活用品が整っている。
テーブルの上には洋菓子が置かれ、水差しは満たされている。
掃除が行き届いているけれど僅かに埃っぽく感じるのは、部屋に窓が存在しないからだろう。
扉らしきものは見当たらないけれど、どこかに通用口があるはずだ。
暖炉が使うことが出来ないとなると、冬場は服を着こまないと厳しいかもしれない。
「久々に皆がそろったんだ、まずは席についてくれ」
横長のテーブルには椅子が8脚つけられている。
数が合わないから俺たちのために用意されたわけじゃなさそうだな。
考えている間に殿下が座り、隣にローズ。
身分とか考える必要は……流石にないか。
どうせ殿下が主導で会話をするんだろうから、対面にでも座っておくか。
しれっとローズの隣に座ったのはイレインで、隣で目を泳がせているマリヴェルに何かを指示している。
「よし、んじゃあ俺がルーサーの隣な」
「……ヒューズ、ちょっと」
ヒューズがぐるっとテーブルを回り始めたところで、イレインがそれを呼び止める。それからすぐにマリヴェルの背中を押して、早く椅子に座るように促した。
イレインのことを気にしながら俺の隣へやって来たマリヴェルは、俺の隣までやってくると、椅子の背もたれを持ったまま俺のことを見る。
……まぁ、なんというか、俺はこの目で見られるとつい甘やかしてしまうのである。おそらくイレインも同じなんだろう。
「こんな部屋があるなら、これからはお話しできる機会が増えそうですね」
「うん……!」
嬉しそうな元気な返事のあと、ガタガタと椅子を引いて椅子に座るマリヴェル。
まー、勘違いしちゃいけないけど、マリヴェルのこれは恋愛感情とかではなく、おそらく俺に懐いているだけってことだ。昔から全く態度が変わらないし、間違いないと思う。
だからこそ俺もつい甘やかしたくなってしまうのだけれど。
ご機嫌に横揺れする度、頭のてっぺんに少しだけ飛び出している髪の毛がゆらゆらと揺れる。
「なんだ?」
「いえ、やっぱり何でもありません」
「なんだよ……、あ、ルーサーの隣とられてんじゃん!」
どうでもいいだろ俺の隣の席なんて。
マリヴェルと張り合うな。
「うるさいですわね、さっさと座りなさい」
殿下には絶対むけない冷ややかな目つきでローズが注意をする。
「イレインが呼んだから来たんじゃんか」
昔はヒューズもこれに随分怯んだものだったが、付き合いが長くなったおかげであまり気にしなくなった。いつの間にかここにいる面々はローズの厳しい言葉を気にしたりしなくなった。
というか、そもそも厳しい言葉をかけられてたのは俺とイレインとヒューズの三人で、イレインに関してはすぐに言われなくなった。話し合った結果、殿下のことを一切狙っていないと判明したためらしい。
基本的にローズは殿下に近付かず、身の程をわきまえている女性にはそれほど厳しくない。
マリヴェルに関しては俺たちの間では末っ子枠なので、最序盤からローズは気にしていなかった。最近は凛々しくなった上にあまりしゃべらないので、警戒されたりワーキャー言われることはあるようだけれど、貴族にしては珍しく素直で裏がない。
早くに跡継ぎをなくしたスクイー侯爵閣下が、目にいれてもいたくないと猫かわいがりして育てた孫娘だ。
わがまま放題で育ってもおかしくないだろうに、愛情が功を奏したのかめちゃくちゃいい子になってしまっている。
なってしまっているという言い方をしたのは、マリヴェルのような性格をしていると貴族社会を生き抜くのが難しいだろうという、俺なりの心配によるものだ。ヒューズ・マリヴェルの末っ子セットをのぞいた俺たちがたまに話すのは、二人が何か失敗した時は俺たちでフォローしてやらないといけないなってことである。
俺とイレインはともかく、殿下とローズにまでそう思われるのは本来問題があるのだが……、どうしてもそんな思いが抜けきらないままこの年になってしまった。
しばらくは慣れてたからもう大丈夫かなと思っていたのだけれど、まだまだ心配しておかないといけなさそうだ。
「な、俺そっちがいいんだけど」
ヒューズが体を傾けて話しかけると、マリヴェルはふるふると首を横に振った。
お前はいつも授業中隣にいるんだから、たまには譲れ。
……まぁ、いやな気分ではないんだけれど。
「さて、実はこの部屋をこれまで使ってこなかったのには理由がある。実はこの部屋は、というか、この部屋に入るための転移魔法は、空に満月が出ている時しか使えないのだ。正確には満月に近ければ使えるそうなのだが……。つまり使えるのは月に5日間程度になる」
つまり月に数日間は話し合う時間を設けられるってことだな。
よっぽど急ぎの用事でなければ、外で交流がばれるリスクを取って連絡を取る必要がないってことだ。めっちゃ便利。
「一度この部屋に入ったことで、今日以降皆は、今回入った壁から自由にこの部屋へ出入りすることが出来る。もし私が公務で忙しくても自由に使えるというわけだ」
「セラーズ家の評判のせいで殿下にお手間をかけてしまいましたね」
「何を言うんだ、そんなことは思っていない。……またこうしてみんなで集まれるのが、私はただ嬉しいんだ」
「……ありがとうございます」
本心からいってくれてるんだろうなぁ。
最初に出会った頃の殿下は、ただ元気で明るいだけの子供だったけど、なんだかすっかりしっかりしてしまった。
寂しいような、嬉しいような複雑な気持ちだ。
「……それに、ほら、昔ルーサーが教えてくれたじゃないか。こここそ、私たちだけの秘密基地だ! わくわくするじゃないか!」
殿下の目がキラキラと輝いた。
言った途端に子供っぽくなったぞ。
「……殿下」
「な、なんだ?」
「……確かにここ、最高の秘密基地です」
「だろう……!」
殿下が楽しそうでよかった。
そりゃあそうだよな、こんな秘密基地、ワクワクしないほうが無理ってものだ。
殿下はぎりぎりまでこの部屋のことを俺たちに言わなかったけど、きっとめちゃくちゃワクワクしていたんだろうなぁ。
この満足そうな殿下の顔。
ああ、成長はしたけれど殿下は殿下なんだなぁと思った瞬間だった。
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