第141話 あの人は今

 ひとしきり楽しくおしゃべりをした後、殿下が「さて、では本題に入ろう」と言ったことで部屋の空気が引き締まった。


「先ほども述べたことだが、私は今ここにいるものが無二の友人であると全幅の信頼を寄せている。イレインは隣国の姫、ということではあるが、それであっても気持ちは変わらない」

「ありがとうございます」


 相変わらずすまし顔のありがとうございますだけれど、これだけのことを言われているのだから心の内ではイレインだってちょっとばかり浮かれているはずだ。

 2人になると、やれガキだ、心配だとぶつくさ文句を言っていたイレインだったが、この六人で遊んだ日々は楽しかったのだから。ちなみに遊びごとになると、イレインも俺も結構本気で遊ぶから、ガキレベルで言うと大して変わんなかったけどな。

 かくれんぼの時とか、イレインはめちゃくちゃ大人げなかったし。


「殿下がこういってくれてるのにすました返事だこと」

「大喜びしたらあなたが嫉妬するからでしょう」

「あら、イレインなんかに嫉妬したりしませんわ」

「そうですか、それなら今後はもっと喜ぶことにします」

「……やっぱり今まで通りで良くてよ」


 美少女が二人流し目で喧嘩をしているような構図にも見えるが、これはいつものじゃれ合いの範疇。

 マジ喧嘩だったら多分マリヴェルがおろおろしていると思う。

 今はご機嫌に会話を見守っている。


「話を続けてもいいか?」

「もちろんですわ、殿下」


 なんかローズの椅子の位置殿下に近いんだよなぁ。いつの間にかくっついてて、肩に頭を預けている。ラブラブなのはいいんだけど、外でやったらローズに惑わされてるとか言われそうだから気を付けてほしい。


 まぁでも大丈夫か。

 昔のローズは判断のつかない狂戦士だったけれど、今は随分と理性的に物事を判断するようになっている。おそらく俺たちの中では一番貴族らしいどろどろとしたやり取りをする家の中で育ってきたはずだ。

 いわゆる足の引っ張り合いを制するのは得意とするところだろう。


「私の展望については皆に以前語った通りだ」

「なんか聞いたっけ?」


 頷く俺たちに対して、とぼけた顔をしているのはヒューズだ。


「……ヒューズ、いいか? 簡単に説明するからよく聞くんだぞ?」

「おう」

「私が王になるまでに、旧態依然の貴族たちをある程度父上が整理をしてくれる。その中で優秀そうなものを、学園生活中にローズを通して見繕い、できるだけそれらに家を継がせる。ここまではいいか?」

「多分いい」


 待て待て、殿下もしかしてヒューズに話すの忘れてたのか?

 ヒューズも全然気にしてなさそうだし、あんまりよくわかってなさそうだぞ。

 オートン女伯爵はこいつにどういう教育してきたんだ……? 昔の方がもうちょっと賢かった気がする。

 魔法をハードに訓練しすぎて、勉強したこと全部頭の中からはじき出されたんじゃないだろうな。


「よし、続けるぞ。国を豊かにし、いずれウォーレン王国を平和裏に再び属国化し、ウォーレン公爵として国へ迎え入れる。できればその時は、サフサール殿に協力を仰げるといいのだが……」

「ああ、サフサールか……元気かな」


 サフサール君。

 穏やかで勉強熱心で妹思いの、ウォーレン家の跡取りだ。

 元気だと話には聞いているけれど、スバリに連れ去られて以来一度も会えてない。


 溺愛していた妹と離れ離れになって、上手くやっているのだろうか。

 当時からしてウォーレン家は厳しい教育方針だった。

 その中でも自分なりのよい領主像を夢見ていた、本当によくできた少年だった。


 あの時のサフサール君、まだ今の俺たちより年下だぞ?

 ヒューズを見ていると、いかにサフサール君が優秀だったかがうかがい知れる。


 当時は皆が世話になった。

 俺だって、気にして世話していたつもりでも、サフサール君の優しさにはいつも癒されていたんだ。

 部屋の中がしんみりとした空気になってしまった。


「兄様でしたら、きっと立派にやっています。いずれ話をしなければならない時は、私から」


 イレインが凛とした口調で言うことで、固まってしまった時間が流れ出す。

 居心地の悪かったウォーレン家で、イレインが唯一気にしていたのがサフサール君だ。2人でいる時もたまにそれについて話すことはあったが、信じるしかないというのが俺たちの結論だった。

 後継ぎが他にいないのだから、いくらあの厳しいウォーレン王でも、サフサール君のことを大事にしてくれているはずだ。


 ただ一つ、イレインにも話していない心配事がある。

 それは、あれ以来一度もサフサール君が公的な場に姿を現したことがないということだ。

 父上がこっそりと俺に教えてくれたことだが、イレインに伝える勇気はなかった。

 ただ大事に教育しているだけ。

 たった一人の嫡子を大事にしているだけと、そう思いたい。


 どこかで一度でいいから、大人びた姿のサフサール君を見て安心したい気持ちはずっとあった。


「うん、頼む。……さて、もう一つ共有しておきたい話として、光臨教の勇者と聖女の話がある」

「ああ、あいつらか」


 真っ先にヒューズが反応して顔をしかめたのは、俺の代わりに応対をさせてしまったせいだろう。めんどくさいんだよなぁ、あの勇者と聖女。

 でも学園にいる以上、これから先絶対に関わっていくことになる。

 俺の方から話せることもいくつかあるが、まずは殿下の話を聞いてからだな。

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