第139話 秘密の部屋
夜の廊下を歩いていると、昔肝試しをしたことを思い出す。
ただこの建物は管理者がいて常にきれいに整備されているせいで、お化けが出そうな雰囲気はなかった。
ダンジョンに潜ってアンデッド系の敵をばちぼこに倒して回ったことのある俺からすると、正直なところ夜歩きはそれほど怖くない。
ヒューズは俺の裾を掴んでるけどな。
こいつ本当に当主になれるのか、俺はちょっと心配だよ。
実力というよりメンタルの方向で。
今の西方戦線は皆殺し女伯爵様のお陰で完全に沈黙しているけれど、元々は激戦区だ。まぁ、そんなことを言ったら、俺の実家であるセラーズ領も、海を渡ってたびたび戦争をしているんだけれども。
だからこそ四方の伯爵家は国内のどんな貴族よりも戦争に長けている。
そしてそんな伯爵家である北方のウォーレン家の独立は、国にとってはめちゃくちゃな大問題だった。
ま、ウォーレン王国と仲良くしてる限りそれ以外からは責められないわけだから、以前と変わらないっちゃ変わらない。
殿下について歩くと、やがて見覚えのある廊下の突き当たりにたどり着く。
ここにはヒューズと一緒に探索したときに来たことがあった。思い出してみれば、隠し部屋があるとか言ってどや顔してたな。
「……ここの壁には秘密があるのだ」
殿下は壁にあった額縁を外す。
額縁によって隠されていた壁には、僅かな窪みがあった。
「王族だけが自由に使える秘密の部屋」
ポケットから赤い宝石を取り出した殿下は、それをゆっくりと窪みに近付け、手を放す。
その宝石は、殿下の手を離れてなおその場にとどまる。
宙に浮かぶ宝石へ、殿下が再び手を伸ばす。
俺たちが宝石に目を奪われている間に、なぜか殿下の指から血が出てるんだけど……。血液認証が必要なタイプの魔法が使われているのか……。
血が宝石に触れた瞬間、壁が波打った。
気持ちが悪い動きだった。
「二人とも、今のうちに中へ入るんだ」
「壁に入れ、ということですか?」
「そうだ。宝石を外すと入れなくなるからね」
「大丈夫なのか……、それ……」
不安そうに呟くのはヒューズだ。
まあ、ちょっと怖いよな。
でも俺は殿下が俺たちに害のあるようなことをやってくるような奴だとは思ってないんだよなぁ。
だから別に、入れと言われればその通りにするわけで。
どーんと突っ込んで言ってぶつかっても恥ずかしいので、そっと指先で壁に触れてみる。
俺が触ったところから波紋が広がった。
まるで本当に水面のようだ。
少し前に出ると、何の抵抗もなく手首までがずぶりと呑み込まれた。
これ、半端な状態が一番気持ち悪いな。
途中で壁が元に戻ったりしてもかなり怖いし、さっさと入ってしまおう。
よくわからんものは、俺だって怖いのだ。
目を閉じて壁に飛び込む。
足元の感覚が変わった。板ではなく、これはじゅうたんの感触だな。
目をそっと開けてみる。
そこは十分な光石で照らされた、豪華な調度品が揃えられた部屋だった。
足元は感触通り絨毯。
振り返ると後ろの壁からは、手が突き出てきている。
ヒューズの手なんだろうけど、なんかキモイな。
そのうち入ってくるかとしばらく待っているが、ヒューズはそこから一向に中へ入ってこようとしない。
……いつまでも廊下にいて見つかったらどうすんだよ、こいつ。
さっと手を掴み、ぐっと引っ張ってやると妙な悲鳴を上げながらヒューズが部屋の中へ転がり込んできた。
「……ヒューズ、夜は静かにしましょう」
「か、か、覚悟を、決めてたのに、きゅ、急に引っ張るなよ!」
「遅いんですよ。誰か来たら殿下が困るでしょう?」
「怖いんだから仕方ないだろ!!」
あーあ、怖いって言っちゃった。
涙目になっている。なんだ、俺が悪いのか?
「……すみません、手をつないで連れてきてあげるべきでした」
「…………いや、別に、怖くなかったし」
遅いって。
俺の言葉に我に返ったのか、ほんの数秒前に叫んだ言葉を否定する。
気まずい空気が流れる俺たちの後ろに、赤い宝石をもった殿下が入ってきた。
後ろの壁はまだ脈打っていたが、殿下がその壁の窪みに宝石をかざすと普通の壁に戻ってしまう。
「殿下、説明を頂いても?」
「王族のための秘密の部屋、だよ。話は用事がすべてすんでからにしよう。もう少しだけ待ってほしい」
そういうと殿下は、今俺たちが入ってきた壁を向き「ええと……」といいながら横へずれていく。
よくみるとこの壁、へこみが5つあるようだ。
「何してんだ、カート」
いや、だから説明は後でって言われたじゃん。
俺も聞きたいけど。
「いや、この壁はね、色んな場所につながっているんだ。確か、これだったはず……」
あまり説明になっていない説明をしてくれた殿下は、宝石を別の窪みにかざすと、再び壁が波打ちだす。
なるほど、これがどこかに壁がつながった合図なんだな。
最初に手からではなく、堂々と歩いて入ってきたのは、我らが
「殿下、このような時間にお会いできてうれしいですわ」
「うん、私も嬉しいよ、ローズ」
あ、仲良しで何よりです。
他の人に被害が行くよりラブラブしてくれていた方が俺としてはありがたい。
続けて慎重に姿を現したのがイレインで、その袖に捕まってびくびくしながら入ってきたのがマリヴェルだ。
しかし俺の姿を見るとパーッと目を輝かす。
うーん、この表情の変化を見ていると、どうしてもマリヴェルのことは甘やかしたくなっちゃうんだよなぁ……。
しかしまぁ、なるほど、殿下が張り切るわけだ。
ここでなら、俺たち仲良し幼馴染組が他に遠慮をすることなく話をすることが出来るのだから。
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