第138話 夜の貴族寮

 学園の教師というのは、各家の息がかかっていてもおかしくないのだけれど、身分による差別をしてくる人が一人もいない。

 どうやら優秀な人材を集めていくと自然とそうなるようだ。

 更なる変人たちは噂の『変人窟王立研究所』にスカウトされるらしいけど。

 お陰様で俺は、教師から目をつけられるようなこともなく、快適な毎日を過ごさせてもらっている。


 また、クラスの連中も俺のことを遠巻きに警戒してることはあっても、積極的な嫌がらせをしてくることは殆んどない。

 どうやら俺がマッツォ先輩に酷いことをしたという噂が、尾ひれがついて広がっているらしい。

 印象を良くしようと思って、目が合ったときに微笑んで見せたら、顔を真っ青にして逃げられたことがある。俺は母上にそっくりの美少年フェイスをしているはずなのに、めちゃくちゃ失礼な奴らだ。


 普通に授業を受けて、夕方には剣術の訓練と、まあそれなりに充実した毎日を過ごしていたある日のことだった。


「ルーサー、カートが夜中起きといてくれって」

「分かりました、ヒューズも一緒ですか?」

「そうっぽいな」


 どうでもいいけど、こいついつまで殿下のこと呼び捨てにする気だ?

 俺は小さいときはカート様って呼んでたけど、学園で再会してからは殿下呼びに戻している。

 殿下も流石に名前で呼べとは言わなくなっていたな。

 ま、注意をしないあたり、本当は殿下は今でもカートと名前で呼んで欲しいのかもしれない。


 さて、学校が始まってからひと月と半分程たつけれど、その間殿下とは直接話ができていない。

 確かにたまにはそんな機会も必要だよな。

 ちょっと話すだけでも気を遣わなきゃいけないってのは本当にめんどくさい。


 詳細はわからないけど、また俺の部屋で話でもするのかな。

 軽く片付けて、つまめるものの一つや二つくらい用意しておくか。



 夜になると少し早い時間にヒューズが俺の部屋を訪ねてきた。

 今は勝手にベッドを占領してすやすやと眠っている。

 いい気なものだと思う反面、夕方に剣術の稽古で相当体力を使わせているので、仕方がないかと思ったりもする。

 俺にとっては毎日の習慣でも、ヒューズはまだ慣れてないもんな。

 まぁしっかり休んでおくといい。


 それにしても殿下って休みの日は大抵王宮に戻ってるみたいだけど、今日は夜更かししても大丈夫なんだろうか。

 俺たちは明日明後日と週末の休みだけど、あまり遅くなっても体が心配だ。

 何せ俺たちはまだ13歳の育ち盛りである。

 まだ無理をするような年頃じゃない。


 ……小さいときに筋肉をつけるようなことすると背が伸びないって聞くけど、俺大丈夫かなぁ。

 血縁男性全員背が高いから大丈夫だと思いたいけど、俺母上に似てるんだよな。

 母上は女性としても比較的小さい方だ。

 ……カルシウムを取るように気をつけよう。


 そんなとりとめのないことを考えていると、部屋に控えめなノックの音が響いた。

 ノブをゆっくりと下げて扉を開けると、殿下が隙間から体を滑り込ませる。

 

 これなぁ、本当は俺が訪ねて行った方がいいんだろうけど、俺の方からコンタクトを取ることも、『今日行くわ』とか言うことも難しい。

 入ってきた殿下を見ると、ちょっと興奮気味で扉の外の様子を窺って「よし、大丈夫そうだ」と呟いた。

 殿下は殿下でこのお忍びを楽しんでそうだし、まぁいいか。


「ヒューズのことも迎えに行かねばな」

「いえ、ヒューズならそこのベッドで寝てますよ」

「なに! ……本当だ」


 殿下はヒューズと俺の顔を交互に見てから、やや表情を険しくして尋ねる。


「二人はいつもこんな風に部屋を行き来して遊んでいるのか?」


 なんか咎めるような言い方だな。


「いいえ? そういえばヒューズをまともに部屋に入れるのは初めてですね。殿下がいらっしゃる前に寝てしまいそうだからと、勝手に人の部屋に来てベッドで眠り始めました」

「そうか、ならまぁ……」


 もやっとしているのか、どうも歯切れが悪い。

 俺たちと一緒にいる時まであれこれ遠慮してもストレス溜めても体に悪いだろう。

 嫌なことは言ってもらおう。


「……なにかご不満でも?」

「いや、うむ。私抜きで楽しく遊んでたら羨ましいと思ってな」

「ああ、はい、なるほど」


 思わず笑ってしまった。

 

「別に遊ぶのはいいのだ。事情があるから仕方がないしな。ただ部屋の中ならば、何とかすれば私のことだって呼べるのではないかと思ってな、と、まぁそんなことは良いのだ。……今回はその問題を解決しに来た」


 言い訳のように早口でまくし立ててから、殿下はにっと悪戯っぽく笑う。

 こうしていると殿下も年頃の子供っぽく見えるんだよな。

 逆に言えば、いかにいつも気を張っているのかって話なんだけど。


「ヒューズ、殿下が来ましたよ」


 殿下が近くに来たというのに目を覚まさないヒューズに声をかける。

 こいつ暗殺者とか来た時そのまま殺されそうで怖いんだけど。

 オートン女伯爵はそういう教育はしてないのか?


「ん、ああ、おはよう……」

「うむ、おはよう」


 目をこすって起き上がったヒューズは、大きなあくびをして立ち上がる。

 確かにこれじゃあ殿下が迎えに来ても目を覚まさなかったかもしれないな。


「それで、問題の解決とは?」

「うむ、静かに音を立てずに私についてきてくれるか? この時間は廊下の出歩きが禁止されているから、滅多なことでは人と出会わないはずだが……」

「構いませんが……、ヒューズ、行けますか?」

「行ける行ける。なんか面白いことだろ」

「そうだ、面白いことだ」


 認識それでいいのか?

 俺たちが集まっていると、年は同じだけれどヒューズかマリヴェルが一番年下のような扱いをされる。本人もそれに慣れて受け入れているが、普段のぶっきらぼうな様子を見ている同級生がこの関係を見たら驚くだろうな。


「じゃ、行くぞ。びっくりしても声出さないでついてくるんだからな?」

「わかったって、しつこいな」


 ヒューズが言い返すと、殿下は楽しそうに笑った。

 まぁまぁまぁ、殿下がいいんなら俺はいいんだけどさ。


 そんなわけで俺たち悪ガキ三人組は、光石のランタンをそれぞれ手に持って、こっそりと廊下を歩きだした。

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