第137話 訓練相手
イス君は両手の指を合わせて、立っている俺のことをちらりと見上げて話し始めた。
「僕が教会から後援を受けたことは話した通りなんだけど……、勇者候補ってまだ勇者ってわけじゃないんだ」
まぁ、候補なのに勇者とか聖女ってちゃんと名乗ってる悪い奴らもいるけどね。
「……なぁルーサー、この間のやつって勇者なんじゃなかった?」
「え? 勇者、決まっちゃってるんですか……?」
不安そうにヒューズに尋ねるイス君。
俺意外にはちゃんと敬語を使っているの偉いよね。
好感度プラス1です。
「心配しないでも大丈夫です。彼も勇者候補で、彼女は聖女候補だそうですから」
「ふーん、嘘つきじゃんか」
いやどうかな。
本人たちは本気でもう勇者であり聖女であるつもりなのかもしれない。
彼らと密にコミュニケーションを取ったわけじゃないからわかんねぇけど、やばい奴独特の雰囲気はあったしなぁ。
「続きを話しても?」
「すみません、続けてください」
すいませんね、うちのヒューズが話の腰を折って。
「勇者候補って枢機卿が選ぶんだ。だから4組の勇者候補がいるはずなんだけど、僕が知ってるのは自分以外だとアルフ君だけなんだ。アルフ君って剣術も魔法も得意らしくて……」
「対抗意識を燃やしていると?」
まぁ、子供らしい理由ではあるよなぁ。
俺としてはあの二人が勇者になるよりは、イス君がなった方がありがたいけどな。
「対抗意識というか……」
「というか?」
「選んでくれた枢機卿に恩返しがしたくて……。折角選んでもらったのに、箸にも棒にもかからないんじゃ面目を潰してしまいそうだし……」
自己顕示欲より人に報いたいって方面か。
イス君を選んだ枢機卿がそれを求めているか知らないけど、頑張ろうってしてるなら手伝ってやりたい気持ちはあるなぁ。
「……アウダス先輩」
「なんだ?」
置物のようになっていた先輩に声をかけると、すぐに返事が戻ってきた。
ちゃんとこちらに耳を傾けていたらしい。
「ここって魔法の訓練はしちゃダメなんですか?」
「……ここは訓練場としか銘打ってない。環境さえ用意すれば無理ではない」
「無理ではないってことは、やめたほうがいいってことです?」
「そういう利用の想定はされていないだろうな」
あー……、そうなるともしばれたりした時に先輩達に迷惑がかかるか?
ここと似たように、人があまりいない魔法訓練場とかがあるといいんだけど……。
「確認しておこう」
「はい?」
「魔法用の的を用意できるか確認しておく。そいつの力になってやりたいんだろ」
「……先輩方の迷惑になりませんか?」
「……ならん」
返事までの微妙な間の感じ、もしかしたら迷惑になったりしそうだけどなぁ。
いいって言うなら甘えさせてもらうか。
「それではお願いします」
「構わん。それにここで魔法の訓練をする許可が出れば、お前が魔法を使って訓練をすることもできるだろう?」
「……あー、確かにそうですね」
アウダス先輩は以前から、本気の俺と戦ってみたいと思っている節がある。
実は俺の方もちょっとそれを試してみたいと思っていたところだ。
目が合うと先輩の口角が僅かに上がった。
意外と好戦的なんだよなぁ、アウダス先輩。
俺もちょっとだけ上がってるかもしれないけど。
楽しみが一個増えたところで、同級生との会話に戻ろうかな。
「イス、そういうことならできる限りは剣術も魔法もここで見ますよ」
「いいの!?」
「はい。ただし、僕と訓練してるというのは周りに言わないでください」
「それは、評判が悪いから……? だったら僕が周りに言って……!」
まぁ、その辺もあるんだけどな。
「いいえ、僕の都合です。ウォーレン王は独立の際に光臨教の支援を受けたと噂されています。そしてセラーズ家は、ウォーレン家とのつながりが強かったため、立場が弱くなりました。勇者候補のイスと近づいているって、印象が良くないような気がしません?」
「だったら逆に……迷惑がかかるし」
「別にばれちゃいけないってわけじゃないんです。自然に知られる分には構いません。秘密にする、というよりは積極的に話さないでくださいってことです。誰かに聞かれたら、アウダス先輩に剣術を習いに来てるとでも言えばいいのでは? 先輩は寮監ですから」
実際は、ただイス君がいい奴だから、俺のせいで評判が下がったらかわいそうだなーって思ってるだけなんだけどね。
難しい顔して考え込んでいるイス君のことをせかしたりはしない。
無理強いしたいわけじゃないんだよな。
これでやっぱりやめたって言ったって、イス君がいい奴だって評価は変わらない。
ま、ちょっとは寂しい気持ちになるかもしれないけど。
「……お礼を言いに来たはずなのに、余計世話になっちゃいそうだ」
「やめておきます?」
「いえ、お願いします、僕を鍛えてください」
俺とヒューズは顔を見合わせてから笑い、殆んど同時に手を差し出した。
イス君は目を白黒させてから、両手を出して俺たちの手を掴む。
「それじゃ、明日からよろしくお願いします」
軽く手を振ると、イス君は「はい!」と元気よく返事をしてくれた。
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