第136話 イス君との交流

 イス君の剣術の腕は、お世辞にもいいとは言えなかった。

 どのくらいかというと、ヒューズにも普通に勝てないぐらいである。

 ただ負けたからといって拗ねるわけでもなく、へこむわけでもなく、次にどうしたらいいかを考えていた。

 成長するためにはこうあるべきだという理想のような姿だ。


「やるじゃんか」

「いえ、手も足も出ません。素振りをしてみるのと実践は違いますね」

「まぁな」


 調子に乗って上から目線のヒューズにも丁寧な対応である。

 まぁなじゃないんだよ、お前も実践経験ないだろうが。


 でもヒューズって俺に付き合って友達ができてないからさ、こういう同学年と仲良くしている姿見るとちょっとほっとする。

 イス君、ヒューズをよろしくね。

 ちょっと偉そうにすることあるけど、根本的にはいい奴だから。


 無事に怪我無く訓練を終えて、先輩たちが三々五々に散っていく。

 そんな中体力を使い切ったヒューズとイス君は、訓練場で大の字になって休んでいた。

 いやぁ、青春だなぁ。

 ちなみに俺たちを心配してか、アウダス先輩だけは腕を組んで残ってくれている。

 傍から見るとアウダス先輩にしごかれた後輩たち、みたいな構図だろうか。


「ルーサーは俺より訓練してたのに元気そうだよなぁ」


 上半身だけ起こしながら、ヒューズが口をとがらせる。


「そりゃあ毎日鍛えてきましたし、持久力は大事ですよ」

「持久力?」

「戦い続ける力です。例えば近距離まで近づかれて不意を突かれたとき、危機を脱出するまで息を切らしてる暇はありませんから」

「あー……、なるほどなー」


 言われれば納得できるのか、苦々しい顔をするヒューズである。

 オートン女伯爵なんかは、あからさまに指揮官魔法使いタイプだが、きっとそれだけではないはずだ。いざという時はその場をしのぐための術の一つや二つ持っていそうなものである。

 ヒューズがそれを持っていないのは、オートン伯爵がまだそれが必要な状況になっていないからと判断したか、あるいは、先に圧倒的な攻撃力を身に着けることを優先したせいで時間が足りなくなったかのどちらかだろう。


 学園のセキュリティなどを信用してのことかもしれないけれど、友人が心配な俺としては、ダンジョンに潜りたいのであればもうちょっと持久力をつけてほしいところだ。

 少なくともダンジョンに関しては、オートン女伯爵より俺の方が詳しいはずだし。

 なんせ俺の師匠は探索者シーカーのクルーブで、相当な回数ダンジョンに潜ってるからな。


「この時期に剣術の訓練を思い立ったということは、イスもダンジョンに入るのが狙いですか?」

「うん、付け焼刃だとは思うのだけれど……、やらないよりはいいかと思って」

「正直、今の実力では無理をしないほうがいいでしょうね。もし魔法がすごく得意とかでしたら、話は変わってきますが、どうですか?」


 イス君の持っている何かしらの勇者の資質がそちらにあるのならば、あるいはって感じだ。

 正直に相手を否定するのは、何も急に嗜虐心が芽生えたわけではなく、単純にすごくいい奴っぽいイス君を心配してのことだ。最初のダンジョン探索は、いくらベテランのクルーブが引率するとはいえ、何かトラブルが起こってはぐれてしまう可能性もゼロではない。

 そんな時に実力不足で命を落としていいような子ではない気がする。


「実は魔法も特別得意じゃないんだ。習ったから、一応頑張って覚えているところなんだけど……」

「悪いことは言いません、次のダンジョン探索のメンバー入りは先延ばしにした方がいいでしょう」


 両方駄目となると、イス君が勇者候補になった理由は、その性格に由来するところなんだろうな。そんなイス君なら俺の話も素直に聞いてくれそうなもんだけどどうだ?


「うーん、やっぱりそうだよね……」


 あれ、ちょっと微妙な感じだな。

 

「何かどうしても入りたい理由でも?」

「いえ、どうしてもというわけではないんだけど……」


 どうも歯切れの悪い言い方だな。

 誰かに遠慮してる?

 うーん、別の角度から攻めるか。


「無理に話せとは言いませんが。そういえば僕は平民クラスに知り合いがいないんですよ。答えづらいことを聞くようですが、正直なところそちらでの僕の評判はどうですか?」

「え、別に、そのー」


 うんうん、一生懸命誤魔化そうとしてくれなくていいよ。

 その反応でもう全部わかったからね、めちゃくちゃ悪いんだね?


「はい、わかりました」

「いや! みんながみんな悪く言っているわけではなくて……!」

「イスみたいな奇特な人以外は悪く言っているってことでしょう? そうだと思っていましたから気にしないでいいですよ」


 うっと黙り込んだイス君。

 俺が聞いたんだからそんなに気に病まなくていいんだよ。

 お兄さんは君みたいな人がいてくれるだけで、悪い気はしないから。

 それはそうとしてこの状況は悪くない。


「それで、イスは俺みたいな評判の悪い奴には相談事はできませんか?」


 すごく悪役っぽい嫌な言い方だけど、折角こうして知り合えたのだから、事情くらい聞きだしておきたい。のっぴきならないことでも、迷惑がかかるかもとか思ったら言いださなそうだ。


「う、うーん。じゃあ、ちょっと情けない話なんですけど、聞いてもらえますか……?」


 よし、話してくれそうだ。

 かなり無理やりだけど、ま、俺にしてはうまいことやったんじゃないだろうか。

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