第135話 勇者候補2
「なあ、おい、お前ら1年だろ?」
声のかけ方野蛮人か?
そこから先につながる言葉って、ちょっとジャンプして見ろよか、焼きそばパン買って来いよくらいだろ。壁の近くで置物の真似していた子たちが完全に固まっちゃってるじゃん。
対応できそうなのが爽やか少年しか残ってない。
「はい! 訓練に来ました、イスナルド=ホープズです」
でか天パ先輩が、おっという表情をして興味を持ったようだ。
怯えられないことの方が少なそうだもんな。良かったじゃん、受け入れてもらえて。
それにしても大したもんだな。
俺だったらこの先輩がこのテンションで話しかけてきたら絶対に警戒するぞ。
ああ、こいつカツアゲしに来たんだなって思っちゃうもん。
それをこれだけ疑うことなく返事ができるって、ある意味最強の防御手段かもしれない。もし本当にカツアゲする気だったとしてもやる気が失せるってものだ。
「ほー、俺はシグラトだ」
へー、名前かっこいいじゃん。
一応覚えておくね。
「……おい、今初めて知ったみたいな顔してないか?」
「いえ?」
だって初めて知ったもん。てっきり皆に呼ばれてる通り、シグって名前かと思ってたよ。俺も今までシグ先輩って呼んでたし。
今まで名乗らなかった方が悪くない? とは言わないけどさ。
「ルーサー様は先輩と仲がいいんですね」
「ええ、まぁ」
殆んど黙って横に立ってただけなのに、なんか突然話が振られたな。
やっぱりこの爽やか少年、俺のことをルーサーと認識しているようだ。
忘れているだけで俺の知り合いとか言わないよな?
いやぁ……水色の髪なんて目立つし、そうそう忘れないと思うんだけど……。
「ああ、そうだ。こいつって普段どんな感じなんだ?」
「クラスが違うので、普段のご様子はあまりわかりませんが……」
だから聞くなって言ってんのにこいつは。
イスナルドが困ってるだろうが。
「ふーん、じゃあ噂とかは聞かないか?」
もっと聞くなよ。
俺の立場分かってるだろうが。いい噂なんかめったに流れねぇんだよ。
イスナルドは耳のあたりを指先でかきながら、ちらりちらりと俺の方を見る。
え、何その恋する乙女みたいな反応。
知らないうちに何かフラグ立ててた?
「聞くことはありますが……、俺は優しくてかっこいい人だと思ってます」
なにこいつ、めっちゃいい奴じゃん。
まぁ、俺実はそんなに悪いことしてないからね。平和に毎日を過ごしているだけである。
そんな評価をしてくれる奴の一人や二人いたっていいはずだ。
服にサインとかあげちゃおうかな。
一方でシグ先輩はいぶかし気な視線を俺に向けてくる。
俺が優しくもかっこよくもないって誰が決めつけたの?
顔にパンチとかあげちゃおうかな。
「あれか? セラーズ家にめちゃくちゃ恩があるとか……?」
「いえ、違いますけど……?」
あ、口にまで出したな、このくそでか天パ。
疑うだけならまだしも、そこまで言うって喧嘩売ってるだろ絶対に。
俺が睨みつけると「いや、だって」と言い訳にもならない言葉を口にする。
「実は前からルーサー様にはお礼を言いたいと思っていたんです」
「心当たりがないのですが……?」
礼を言われるような事あったかな。
マジで記憶にない。
立食パーティの時に、イスナルド君だけがテーブルに残ってくれていたって印象はあるけれど、あの日はさっさと帰っちゃったし。
というか、あの時点で俺との会話のきっかけを探しているような雰囲気があったから、おそらくその前だな。
えーっと……? 水色の髪、水色の髪ねぇ……?
巣から落ちてしまった水色をした鳥を、母上と一緒に飛べるようになるまで育てたことくらいしか思い浮かばない。
あの時の鳥です、恩返しに来ましたって言われたらちょっと納得する。
できればかわいい女の子になってきてほしかったけど。
「俺はマッツォ領の出身で、姉もこの学園に通っていまして……。姉がルーサー様に怪我を治してもらったと」
あ、わかった。
あの時頬を腫らしてた女の子の弟ってことか。
すげぇ納得した。お姉さんはちょっと薄めの茶髪だったから全然気づかなかった。
「あの時の……。その後お変わりありませんか? 一応釘はさしておきましたが、何かあっても年下の僕には言いづらいかもしれないと心配していたんですが……」
「お陰様で、随分と待遇が変わったと聞いています。僕も来ましたし、姉にはマッツォ様のおそばから離れてもらうことにしました」
離れる?
マッツォの家から推薦を受けて入学したのならば、そんなことは難しいはずだ。
弟が来たからには、家族そろって優秀なのだろうけれど、だからといって主家に逆らえるほどの何かがあるとは思えない。
そんなものがあるのなら、最初からあんなやばそうな奴の家から推薦を貰って入学したりしないはずだ。
「それは、大丈夫なんですか? 僕のせいで離れざるを得なくなったとかではなく? もしそうなら遠慮せずに言って下さい」
「あ、いえ、ご心配なく。その……、実は俺が光臨教から後援を受けることになりまして、姉上もその庇護下に入ったんです」
「……なるほど、勇者候補ですね」
わかっちゃった。
言われてみればこのイスナルド君、見た目も言動も雰囲気も、めっちゃ勇者だわ。
おいおい、光臨教も見る目あるじゃん。
てっきりあの激やばコンビみたいなのばっかりいるものだと思ってたよ。
正直イスナルド君なら推せる。
「勇者候補? なんだそれ?」
「光臨教の勇者選定ですよ。これから良くないことが起きるって予言があって、それに対応するために勇者と聖女の候補を選んでいるんです」
「へー」
聞いといて今にも鼻をほじり出しそうな空気感で返事するのやめろ。
「さすがルーサー様、お詳しいですね」
「たまたま知る機会があったので。……イスナルド君なら、勇者候補と言われてもなんとなく納得できますね」
「いえ、そんな。俺なんてなんで選ばれたのかもよくわからなくて……。ルーサー様がそうだと言われたほうが、俺としては納得できます」
俺ちょっとイスナルド君のこと好きになったかも。
こんな悪意のないいい奴中々いないよ?
もうこの子でいいじゃん、勇者。
アルフ? 知らない子ですね。
「そんなことないですよ。ああ、僕に対しては別にそんなに丁寧な言葉を使わなくてもいいですからね」
「ええと、そうかな? できればその、俺のことはイスと呼んでもらえると嬉しいんだけど……」
「分かりました、イスと呼ぶことにします。折角ですし、一緒に訓練していきますか?」
「いいのかな……? 邪魔にならない?」
「いいですよ、ね、先輩」
ご機嫌にシグ先輩を見上げる。
「なんかニコニコしてて気持ち悪いな、ルーサー」
なんだこの野郎、喧嘩売ってんのか。
「ああ、それそれ。ま、いいぜ、折角来たんだから混ざってけよ。他のやつらはいつの間にか逃げちまったみたいだしな」
睨んだとたん『それそれ』ってなんだ、失礼な奴だな。
「え、あれ? 本当だ、誰もいない」
うん、一緒に来たピカピカの1年生たちなら、君をおとりにして逃げたよ。
イス君が勇者として一緒に冒険する相手を選ぶ時が来たら、あいつらはメンバーから除外することを進言させてもらおうかな。
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