第134話 楽しい辺鄙な訓練場にて

 間を置かず次々と先輩が挑んできたせいで、今日の俺の成績は4人抜きにとどまった。いつもは声かけて準備してからやってるのに、ヒューズがいるからってみんなして張り切りやがって、不意打ちまがいの仕掛け方をしてきたのだ。

 めっちゃ大人げない。

 観客がいたら普段より礼儀正しく戦うものじゃないの?


 王都の騎士団って、相当きちっとした集団だけど、この人たちは馴染めないんじゃないかって思えてくる。勝てばよかろうなのは、どっちかっていうと探索者シーカーの考え方だから、ぜひとも見直してほしいところだ。


 そんなわけで俺に勝利したのは比較的背の低い、豆タンクみたいな先輩だった。

 この人見た目の割に力がすごい上に、身長差をひっくり返すためなのかこの集団の中でも戦闘技術がかなり高い方だ。

 よく言えば器用で、悪く言えば何でもありの無茶苦茶な人である。

 何人かいる、普通に俺が負け越している相手だ。


 堅牢な防御からの逆転を得意としているので、ヒューズの先生にはちょうどいいかもしれない。ぱっと見小さくて威圧感があまりないし。


 今回は初手から予想外の猛撃をされて、そのまま押し切られた。

 実は結構悔しいから次は勝つ。

 事前知識を利用するのは大事だけど、先入観を持って対応するのって良くない。

 反省だ。


 しばらくヒューズの訓練する様を眺めていると、訓練場にいくつかの小さな影が入ってくる。

 背が低いけど一人を除けば、顔は見たことがない。

 その一人というのは、初日の交流会の日に俺の席に残ってくれていた爽やかな少年だ。

 同じ学年で見たことない連中ってことは、平民クラスなんだろうな。


 普段はあちこちで先輩たちが打ちあってるから、その迫力に負けて人が来てもすぐに逃げて行く。しかし今日はヒューズのことを見ている先輩がいるのと、さっきの流れのまま勝ち抜き戦が始まってしまったのもあって、スペースが結構空いている。


 ヒューズの方はともかく、勝ち抜き戦は結構白熱していて迫力がある。

 同学年のお坊ちゃまたちはこそこそと端の方を歩いていき、刃を潰した武器をそれぞれ手に取って、重さや使い勝手を確かめはじめた。

 訓練場っていくつかあるけど、貴族の坊ちゃまたちが使ってると使いづらいもんなぁ。それでこんな辺鄙なところまで逃れてきたのだろう。

 本来だったら推薦した貴族の坊ちゃんとかが引き連れてやってきたりするのだけど、訓練に興味のない坊ちゃんとかもいるから仕方がない。

 平民あぶれ組といったところか。


 俺はというと、勝ち抜き戦を見て色々と技術のお勉強をしているところだ。

 先輩方と比べると頭いっこ以上背が低かったりするから、あちらから見つけることは難しいだろう。

 下手に俺がいることに気づいても気を遣うだろうし、このまま知らん顔をしていてやろう。


「お、知り合いか? いや、しらないか。友達あまりいなさそうだもんな」


 そう思ったのに、余計なことを言ってくるのは天パ巨人先輩である。

 初日に負けてから、これまた俺が負け越している相手だ。

 この先輩、何かと俺に絡んできて、しょっちゅうグリングリン頭を撫でまわしてくる。

 その背の高さからか他の後輩たちが近づいてくることは殆んどないのだとか。

 俺が生意気を言ってくるのが嬉しいらしい。


「顔見知りはいますけど? 先輩こそここ以外で友人とかいるんですか?」

「いるが?」


 普段へらへらしてるくせに、まっすぐ俺の目を見て答えるな。

 一発で嘘だって分かるぞ。


「噓ですね」

「噓じゃないが?」

「はいはい」

「……よーし、俺、ルーサーの知り合いに挨拶してきちゃおうかなぁ」


 こいつ、俺が挨拶をしにいかないのを見て、的確に俺の嫌がりそうなことを言い始めたぞ。

 脳筋みたいな顔してるんだから、察しがいいのやめろ。


「勝手にしたらいいじゃないですか?」


 過剰に反応すると面白がるから、冷静に受け流す。


「ルーサーが普段どんなことしてるか聞いてくるか」

「やめてください、平民クラスの人ですから知りませんよ」


 ベルトを掴んで引き留めようとするが、そのまま数歩引きずられる。

 くそ、小さい体が恨めしい。


 まあ正直、前世の成人している状態でも、こいつを相手にしたら引きずられている気がするけど。

 体格差がえげつない。

 戦いの心得がなかったら、俺だって近寄ろうとは思えない。


 そんな俺たちのやり取りに気づいたのか、アウダス先輩がじろりとその視線の先に目を向ける。


 かわいそうなのはくそでか天パと怖い顔筆頭のアウダス先輩に見つめられた平民クラスの少年たちである。その場に縫い付けられたように動きを止めて、目だけはしっかり逸らしている。

 目があったら襲われると思ってるぞ、あれは。

 猛獣と同じ扱いだ。


 備えとしては間違ってるけどな。

 怖いならば余計に相手の動きから目を逸らすべきじゃない。

 恐怖の対象を見ないようにするのは、自分から命を投げ捨てているようなものだ。

 ただの現実逃避である。


 そんな中ただ一人、こちらを見つめ返していた爽やか少年は、止まらない先輩の脇腹に拳を突き出している俺の存在に気づいてしまったらしい。

 はっという表情をして軽く頭を下げてきた。


 まっずい。

 俺も乱暴な攻撃をやめてぱっとベルトから手を放しすました顔をして、軽く会釈をする。

 俺は貴族。

 セラーズ家嫡男の、めっちゃ成績優秀な天才児です。

 自分で考えていて恥ずかしくなってきたけど、世間一般からの俺のイメージはこれだ。

 ちょっと訓練場で気を抜きすぎていた。


 これもそれも全部天パ先輩のせいである。

 許せねぇ。

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