第133話 見本訓練

 ヒューズって奴はあまり器用な性格をしていない。

 一生懸命俺と打ち合うことだけに集中していて、他に目はいかないようだ。

 剣撃の音が響いていたことからか、そーっと入ってきた諸先輩方が、俺達をぐるりと取り囲んでいる。

 したり顔でニヤニヤしてるのがなんかムカつくけど、真面目にヒューズの動きを見てこそこそ話し合いをしている。


 剣術って基礎から進んでくると流派みたいなのが出てくるんだよな。

 ここに入る先輩たちは騎士の剣術を学んでいる。

 俺は父上の剣術がベースではあるけれど、魔法と組み合わせているからかなり特殊だ。守りを固める動きを学ぶのであれば、俺よりも先輩方に教えてもらう方が効果的かもしれない。


 アウダス先輩が入ってきたのを確認して、俺はヒューズの剣を巻き取り武装解除する。


「体力は結構あるんですね」

「いや、ルーサーこそ、なんで息が上がらないんだよ……」


 そりゃあ毎日息が上がるまで走ってれば、段々と持久力はついてくる。

 俺が父上に最初に習ったのは、体に限界が来た時に戦い続けられるようにしろだぞ。


「鍛え方が違うからですね」

「きっつー……」


 準備運動の段階で地面に大の字に寝転がるヒューズ。

 そうしてようやく周りに筋骨隆々の男がいることに気づいたのか、ものすごい速さで立ち上がって俺の方へ身を寄せた。

 まだ素早く動けるじゃん。


「な、なな、な、……ああ、先輩か」


 相変わらずビビりだなぁ……。

 いざってとき出るけど、それで体が硬直してしまうんじゃなくて、ちゃんと命を守る行動ができるところがえらいよな。

 ヒューズ君二重丸。


「友達か?」

「ルーサーより背が高いな」


 わらわらと集まってくる先輩方に、ヒューズは背筋をの伸ばして目を見開いた。

 昔だったら袖を掴んできてただろうけど、今は我慢しているようだ。

 まぁ、俺より背も高いし、見た目もちょっと大人っぽいし、これで昔のままだったらちょっと格好つかないもんなぁ。


「はいはい、集まらないでください。もう少し捌けて」

「なんだよ、友達連れてきたんだったらもっと見せろ」

「見世物じゃありません」


 俺はといえばすっかりこの先輩方と気の抜いた交流をしている。

 毎日のように全力でどつき合ってると自然と仲良くなるものだ。

 

「ここに来たんだから剣術の稽古だろ?」

「まぁそうですけど」

「じゃ、俺が教えてやるよ」

「僕に勝った人に教えてもらいます。ということで、ヒューズに剣を教えたい人から順に僕と勝負してください」

「今日も生意気だな、よし、俺から行くぞ」


 ま、特別感出してやった方が皆丁寧にまじめに剣を教えてくれるだろう。

 賞品がある方がこの人たちも真面目にやるだろうし、俺もいい訓練になるってものだ。

 ついでにヒューズには休む時間を与えられるし、俺たちの訓練を見れば参考にもなるでしょ。


 最初に前に出たのは180cm半ばある、でかい先輩だ。

 対戦成績はやや勝ち越し。

 父上と体格が近いので結構戦いやすいのだ。

 あとパワータイプで俺よりめっちゃ背が高いから、向こうは逆に戦いづらい。


「おい、大丈夫なのか……?」

「まぁ見ててください」


 負けたからって死ぬわけじゃない。

 でもさ、できれば友人の前では格好つけたいよな。


 よし、気合入れ過ぎずにいつも通りでいくか。

 

 俺と先輩が刃を潰した剣を構えた瞬間、喋ったりはやし立てたりした先輩方がピタッと静かになる。きっとヒューズ辺りはまたビビってるんだろうな。

 なんだかんだ勝ち負けをめっちゃ気にしてるから、いざ勝負がはじまるとみんな邪魔にならないようにする。

 俺は結構この空気が好きだ。


 先に仕掛けるのはリーチに有利があるあちら側。

 これはいつものことだから、焦りはしない。


 肩口めがけて最短距離の突きを放ってくる。

 いつももうちょっとじっくりと初手を悩む先輩なんだが、今日の仕掛けは早かった。

 ヒューズにいいところを見せようとちょっと逸ったな?


 剣先を触れ合わせて僅かにその行く先をずらしつつ、体を躱して横に回り込む。

 姿勢は低く、そのまま攻撃に移るなら一度剣を振り上げなければならない状況を作り上げる。

 攻撃態勢に移れば足元を薙ぐつもりでいたけれど、俺の動きは読まれていたらしい。

 冷静に足を捌き、ぐるりと体を回しながらついてくる。


 足元攻撃しても、下手したら剣を踏まれて反撃されて終わりだな。


 そんじゃあ距離をもうちょい詰めつつ、更に背後を取りに行く。

 当然先輩もついてくるが、ここはもう相手の剣の間合いではない。

 攻撃に移るには、剣を手元まで引くか、体術を使う必要がある。

 

 一方で剣をコンパクトに構えたまま機会を待っていた俺は、いつでも攻撃を繰り出せる。


 腕の内側までしゃがみこみ、先輩の深い懐から真上に向けて剣を突き上げる。

 ぴったり顎の下に先端を突き付けると、先輩は動きを止めて、それから腕の中に入り込んだ俺を腕でガッと抱き寄せようとしてくる。


 あぶねぇ、何しやがるんだこいつ。

 しゃがんで避けて睨みつけると、先輩はちっと舌打ちをしてから笑った。


「何すんですか」

「最後の力を振り絞っての一撃。良くよけたな!」

「負けたの悔しいからってずるしないでください」

「いやぁ、戦場では何があるかわからんからなぁ」

「……さっさとどいてください、次の人と勝負するんで。ヒューズにちょっかい出さないでくださいね」

「小言の多い奴だなぁ」

「多くもなりますよ」


 たまーにこういうことしてくるんだよなぁ。

 残心も大事だから、たまーにならいいけど、このタイミングでやるのはちょっとガキっぽいぞ。

 でかい図体してるくせに。


 先輩が下がっているのを睨んでいると、他の筋肉たちがゲラゲラと笑う。

 こいつらホント、貴族っぽくないよなぁ。

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