第131話 あしらい

 わざわざ人がいなくなる待ってから声をかけたのだろう。

 教室には俺とその集団しか残っていなかった。


「あのー、イレインさんと一緒に暮らしてたって本当ですか?」


 おい、何話したんだお前。

 イレインに一瞬視線を送るがすっとそらされる。

 目を逸らすってことは悪いって思ってるってことだな?


「事情が事情でしたから」

「婚約者なんですよね?」

「……昔にそういう話もありましたね。その時とは事情も変わっていますが」


 ウォーレン家が王国から独立した以上、その話はかなり厳しくなっている。

 少なくとも父上は、イレインと俺の結婚を認めたりしないだろう。

 王国の貴族から疑いの目を向けられているセラーズ家が、イレインを嫁に取ったりしたらそれこそ大問題だ。

 いよいよ王国を裏切るぞと喧伝しているようなものである。


 ま、イレインを預かってること自体めちゃくちゃに問題があったんだけど、それはもう、一家一族相談して、それでも王国に置いておくならセラーズ家でと申し出たので仕方ない。

 ちなみにこの話し合いでは、一族に結構な反対をされたらしい。

 それを押し切ったのが父上で、母上はその姿がかっこよかったと後でのろけていた。

 幸せそうで何よりだよ。

 多分この件もあって、父上の中央復帰は予定より遅れたはずだ。


 イレインはそれを酷くに気に病んでいたけど、俺は以前に増して父上を尊敬するようになった。

 父上は俺にいつだって広い背中を見せてくれる。


 ちなみに前世の親父は、自分用に買ってきたケーキを母ちゃんに食べられて、直接言いだせずに俺に愚痴っているような情けない男だった。

 そしてそれがたまたまなんかの記念日で、母ちゃんがめちゃくちゃご機嫌になったのも覚えている。棚ぼたラッキー親父は、それで「おぼえてるに決まってるだろ」とか調子の良いこと言ってたっけ。

 次の年は忘れてて喧嘩してたけど。

 尊敬はできないけど親しみやすい親父だったよなぁ……。


 ああ、思考がそれた。

 まあ、そんなわけで王侯貴族だというのに一つ屋根の下、男女で暮らしていたわけだ。思春期に差し掛かった青少年にはそりゃあ気になるよなぁ。

 っていうか、他人と一緒に暮らしていた王女様って、どこか嫁の行き先あるのか?

 待てよ? ……え?

 もしかして俺のところに来るしかねぇんじゃねぇか、これ?

 ないよね? 大丈夫だよね?


「でも仲がいいんですよね?」

「それは、まぁ、はい」

「イレインさんの好きな食べ物なにかわかります?」


 寿司じゃない?

 騙されるくらいだし。

 ああ、でも……。


「魚介の入ったホワイトシチューは好きですね」

「むむ、じゃあ好きな色!」

「赤ですかね」


 なんか思ってたのとちょっと違うめんどくさい感じだ。

 あと、マリヴェルがなんだか得意げな顔をしている意味が分からない。


「うぅん、ヴェル君の言ったとおりだ……」

「うん、そう」

「何がそうなんですか?」


 マリヴェルに少し顔を寄せて尋ねると、目を泳がせて黙り込む。

 何、俺に言えないような話なの?


「ヴェル君照れてる、かわいいー」


 ああ、照れてたのね。

 ちょっと顔赤いもんね。

 ぶんぶんと首を振って否定してるけど、察しのいい女の子たちにはバレバレだ。

 俺よりよっぽどイケメンって言葉が似合う顔立ちになったのに、マリヴェルは昔と変わらないんだよなぁ。

 気持ちの問題でじゃあ付き合おうとか結婚しようとか、そういう気にはならないんだけどね。

 でもマリヴェルに近付く男がいたら、どんな奴かチェックくらいはするかもしれない。しょうもない奴だったら邪魔する気もめっちゃある。

 まぁ妹のエヴァに対する感情に割と近いかな。


「それで、何の話です?」

「私があまりしゃべらないから、セラーズ家で酷い扱いをされているんじゃないかと勘違いされていたみたいです。否定したんですが、私の言葉は信用ならないそうで」

「違う違う、信用できないんじゃなくて、心配してたの! 怒らないでよー」

「怒っていません。迷惑をかけてすみません、皆さんもう満足ですね? 行きましょう」


 なるほど、悪役らしく火のないところまでしっかりと疑われていたというわけだ。

 それをマリヴェルが否定して、じゃあ実際に話してみる、みたいな流れかな?

 疑いが晴れたんなら別にいいけどさ。こういう地道に誤解を解く作業も、印象を変えるためには大事かもしれない。

 なんだかんだここにいる奴らは全員王国の貴族なわけだし。


 話しは終わりだと歩き出したイレインには誰もついていかない。

 すぐに気づいて足を止めたイレインは、ため息交じりに半身で振り返る。


「話は終わったでしょう?」

「折角話せたしもうちょっと! 駄目?」

「駄目です、いきましょう」


 小柄な女の子がかわい子ぶって言うのを、イレインはバッサリと切り捨てた。

 一歩だけ踏み出したマリヴェルが、どうしたらいいのか困った顔でイレインと集団を交互に見ている。


「ええー、でもー……、話してみたらいい人そうだし―……」


 ちらちらと俺の方を見る、薄く化粧をした女の子。

 ローズほどばっちりメイクではないが、多分ませがきだな、これ。

 色目を俺に送ってくるんじゃない。

 さりげなさを装って場所を移動したマリヴェルが、その子と俺の間に体を割り込ませる。


「あ、ちょっと、ヴェル君? 今はそのかっこいいお顔より、ルーサー君のお顔が見たいかなぁって、ね? どいて?」


 うん、ありがとね……。

 君はマリヴェルのお顔拝んどいてください。


「ベル、ありがとうございます」


 立ち上がって教室の扉へ向かって歩き出す。

 これ以上会話を伸ばして、誰か来ても面倒だしな。


 この子達だってどこかの派閥に属する貴族の子だからな。

 見られて立場が悪くなったからなんとかしろー、とか言われたって困る。


「ベルはいい子なので仲良くしてあげてください」

「イレインさんは?」

「程々にお願いします」


 別に深い意味はない。

 イレインだってこの年代の女の子と仲良くなりすぎるの面倒くさいだろうし、なによりマリヴェル程純粋にいい奴じゃないからな。

 教室から出ると、わっと女の子たちが騒ぐ声が聞こえてくる。

 女の子ってなんだか知らないけど、いつも楽しそうだよなぁ。

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