第127話 勇者候補

 図書館の外は閑散としている。

 建物は後者と別に立っているのだが、連なっているものだから、休みの日にこの辺りをうろつく者はあまりいない。

 まだ新年度が始まったばっかりだし、図書館にこもって勉強するほどのことがないのかもしれないな。もうしばらくして、試験が近くなったり、長期休みになったりすると、もう少し人口密度が上がるのかもしれない。


「少し散歩でもしようかな」

「構いませんよ」


 学園全体の大まかな探索はすでに済んでいるから、どこに行ったって迷うようなことはない。万が一この糸目先輩が俺と敵対してたら、奇襲とかを警戒しなきゃいけないんだけどな。


 もしそうだとしたら、もう少し上手くやるような気がする。

 少なくとも今の俺は糸目先輩のことを全く信用していない。

 これでどこぞの刺客だとしたら相当お粗末だ。


 ぐるりと図書館や校舎の外に巡らされた道をのんびりと歩く。

 時期的にそれほど暑くもなければ寒くもない、散歩日和ではあった。


「先ほど傍若無人と言いましたが、何をもってそんなことを言ったんです」

「聞こえてた?」

「聞こえてましたよ」


 のんびりと草花を愛でながら散歩をする糸目先輩は楽しそうだ。

 学園は隅々までが整えられているから、後者の裏であろうと綺麗な草花の道が作られている。


「何でも気に食わない先輩を殺しかけたと聞いたよ」

「だいぶ説明が端折られていますね」

「だとしてもそれに近いことをしたんだろう?」


 こうやって噂って広がっていくんだなぁ。

 願わくばルーサー君擁護部隊も欲しいところだが、国内だと圧倒的にアンチルーサー君部隊が多い。悪い噂ばかりが千里をかけるのである。

 禄でもねー、やっぱ味方増やさないとダメだな。

 行動の方は気を付けてもどうしようもない部分あるし、何やったところで悪意をもって語られたら俺は悪者だ。


「まあ、そう思われるならばそれで構いませんが」


 だからまぁ、俺が自分をいくら擁護してやったって無意味なのである。

 糸目先輩がそういう色眼鏡をかけて俺を見るのならば、それなりの対応をするだけだ。

 どうも胸襟を開いて語り合おうって気にはならねぇんだよなぁ。


「やけに諦めがいいね」

「訂正したところでそれほど得がなさそうなので」

「僕を味方につけられるかもしれないよ?」

「先輩が味方になるとどんないいことがあるんですか?」

「光臨教の後ろ盾が得られるかも」

「それって国からウォーレン王のように裏切るんじゃないかとさらに疑われるってことですよね?」


 この野郎、絶対セラーズ家の状況理解して言ってるだろ。

 何がしたいんだ本当に。


「うーん、ルーサー君は随分と大人びているね。というより、状況への理解がとても13歳とは思えない。これで剣術も魔法も大人顔負けだって噂だけど、そうだとしたら君に弱点なんてあるのかい?」

「ありますよ。こう見えて以外と短気なんです」

「それも噂通りだね」


 けん制しようとして睨んだのに、全然堪えた様子がない。

 畜生、俺にはまだまだ威圧感が足りないようだ。

 早く父上みたいな上背が欲しい。


「でも、聞いていたよりずっと人間味に溢れている」


 俺が一人歯噛みしていると、糸目先輩が突然俺のことを褒めた。

 何を聞いたのか本当に知らないけれど、俺はずっと人間味に溢れてると思うけどな。

 それもこれも、この世界に来てよかったと思わせてくれた家族のお陰かもしれないけど。


 父上や母上、ミーシャにルドックス先生。

 イレインとは秘密を共有する同胞だし、殿下たちだって精神年齢は離れていてもちゃんと友達だ。

 妹や弟はかわいくて仕方ないし、クルーブはあれで頼りになる師匠だ。


 これでどうしたら人間味がない奴に育てるっていうんだか。


「そんな君に改めて聞きたいんだが、勇者に興味はあるかい?」

「ないですよ。この王国では俺の存在はその対になるような立ち位置です。精々討伐対象にならないように気をつけますよ」

「……それは少々卑下が過ぎると思うけれどね」


 今のところそう思う位には味方が少ないけどな。

 あれだけ立派な父上が、一時期貴族社会からつまはじきにされたくらいだ。

 もし俺が殿下と仲良くなっていなかったら、父上を説得して王国を裏切っていた可能性すらあるぞ。


「というか、そういう話ではないんだ。君が、勇者になることに興味がないかと、僕は聞いている」

「……勇者は決まってるんでしょう? まさか暗殺でもしろっていうんですか?」

「すぐ物騒な方向へ考えるねぇ、君」


 冗談めかして肩をすくめると、糸目先輩は笑って見せた。

 家族の前では猫をかぶっているけれど、軽口をよくたたくのは俺の元々の性格だ。

 ちょっとタガが外れかけてるから気を付けたほうがいいかもな。


「実は光臨教の勇者ってね、任命制なんだよね。何人か候補を選んでおいて結果を残したのが本当の勇者ってわけ。だからさぁ、実はアルフレッド君とユナ君は勇者候補でしかないんだよね」

「もしかして……、先輩は俺を勇者候補にしようとしています?」

「うん。一組選ぶ権利を持っているんだけど興味ある?」


 勇者ねぇ。

 本当に光臨教の後ろ盾が得られそうだけど、逆に言えば所属が曖昧になる。

 これから貴族社会で生き抜いていかなきゃいけない俺が、安易にその身分を得るのはリスキーだろうな。

 勇者が光臨教の指揮下にあるとしたら、俺はプロネウス王国と光臨教の二つの顔色を窺わなきゃいけなくなる。

 平民だったら後ろ盾が一つできて万々歳かもしれないけど、王国の大貴族の嫡子の俺にとっては面倒くさいだけだ。


「興味ないです」

「そう言わずちょっと考えてみない? いまなら聖女候補もルーサー君が選んでもいいよ?」

「そんなおまけみたいな言い方されるとありがたみがないですね」


 しかしこれが糸目先輩の本題だったのか。

 ようやく付きまとってきた理由が腑に落ちた。


「しつこく言っても仕方ないから今回は諦めるよ」

「他の学年にいないんですか?」

「うん、お告げがルーサー君たちの年の子なんだよね」

「そこまで指定するなら名前まで言えばいいと思うんですけどね」

「うん、僕もそう思う」

「そんな簡単に同意していいんですか? 怒られますよ、神様に」

「僕ごときを怒るんだったら、もっと別のところに罰を当ててほしいものだね」


 ん……?

 この感じ、糸目先輩はあまり敬虔な信者じゃなさそうだな。

 でも勇者候補を選ぶ権利は持っているのか。

 なーんか複雑な背景がありそうだなぁ。


「ま、僕がこうして話をしに来るくらい、君はあちこちから注目されているってわけだから、行動には気を付けたほうがいいよ。注目度は殿下と同じくらいだ」

「ご忠告感謝します」

「今日こうして仲良くお散歩できたことで、僕との縁は周りに周知されたってことになるね」

「…………なるほど、気をつけます」


 めちゃくちゃいい性格してますね、糸目先輩。

 

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