第126話 失礼な糸目先輩

「それで、何か御用ですか?」

「いや? 僕は本を読みに来ただけだよ」


 いけしゃあしゃあとよく言うよな。

 そういやこの先輩、最初に遭った時も、本の扱いが微妙に雑だったんだよなぁ。


「じゃ、その本の内容覚えてますか?」

「うん? まぁね。エルザって子が料理しながら幸せな生活送る話だね」


 この本を読んでの感想がそれか。

 普通レシピの方に目が行くだろ。


「それ、半分レシピ本ですよ。小さい子が料理に興味を持つようにって、貴族の道楽で書かれた絵本で、対象年齢は幼児です」

「……やけに詳しいね」

「妹にねだられて何度も読み聞かせているので」

「ふーん、家族と仲がいいのかな?」


 探るような言い方してくるのが嫌なんだよなぁ。

 隠す気があるのかと思えば、そんなにないし。


「いいですよ。両親のことは尊敬していますし、下の兄妹もかわいいですから」


 糸目先輩は開いていた本を閉じると、背もたれに寄りかかって指を組み、会話をする姿勢を取った。


「……これは褒めているつもりなのだけれど、君の家族関係はあまり王国貴族らしくないね」


 一応予防線張ってるけど、相当無礼な発言してきたな。

 俺が相手だからいいけど、いわゆる貴族派の貴族たちにこんなこと言ったら、無礼者扱いされて大騒ぎだぞ。

 

「褒めているというのなら、そう受け取っておきます」


 会話をしながら何かを探っているのはわかるんだけど、何が知りたいのかがわからない。

 今度は俺の読んでいた本の表紙に目をやった糸目先輩は「おや」とわざとらしい反応を見せる。


「光臨教に興味が?」

「……ええ、数日前に勇者と聖女を名乗る同級生を見かけたので。光臨教が認めたものでしょう?」

「ああ、それならユナ君とアルフレッド君かな。確かに彼らは光臨教の関係者だ」

「この本によれば、勇者と聖女は、人に襲い掛かる困難に対抗するために選ばれるんですよね。つまり光臨教は、これから大きな問題が発生すると考えているわけですか」

「うん、そうだね。神からの啓示があったそうだよ」

「それで選ばれたのがあの二人ですか」

「不満がありそうだね」


 あるに決まってんだろ。

 性格の悪そうな女と頭の悪そうな男だったぞ。

 両方顔は良かったけど、あいつらが宣伝塔以外の役に立つとは思えねぇんだけど。


「僕は部外者ですので、特には」

「あんなでもね、戦いの才能は相当なんだよ」


 身内があんなとか言うなよ。

 そう思うならちゃんと教育しておけ。


「アルフレッド君は剣と魔法どちらもが大人とやり合えるほどだし、ユナ君は第五階梯の治癒魔法を使うことが出来る。年齢を考えたら十分才能に溢れていると思うだろう?」


 ふーん。

 第五階梯の魔法使えるなら、まぁ優秀か。

 俺も治癒魔法使えるようになるのに相当時間使ったもんな。

 それもちゃんとした魔法の先生がいて、学ぶ環境が十分にあった上でそれだ。

 平民の寮に入ってることから、あいつら二人とも貴族の出身じゃないだろうし、環境を考えれば俺よりも優秀なのかもしれないな。


 見た目と行動だけで判断したらいけないってことか。

 

「まぁ、そうですね」


 なんかよくわかんないけど頑張ってください。

 俺はあいつらにはあまり関わりたくありません。


 そもそも俺ってば、王国の悪役貴族ポジションだし、勇者とか聖女とかいう主人公側の存在とは圧倒的に相性が悪いはずなのだ。

 何かをきっかけにして悪認定されて絡まれてもダルすぎる。

 なまじ光臨教が広く信仰されてるから、敵対していいことなんて何もないのだ。

 それこそ殿下が中央集権を済ませて、国内の悪事を働きそうな光臨教の連中を排除した後だったら構わないけど。


「ルーサー君は、勇者とかに興味あるのかな?」

「いいえ? 世界の大きな危機を救ってくれるというなら、ありがたい存在だと思いますけどね」

「うーん、そっかー。ルーサー君くらいの年齢だと結構興味があるかと思ったんだけど、やっぱり貴族生まれの子って現実的だよね」


 いや、ヒューズだったら喜ぶと思うぞ。

 俺の中身がすでに30歳オーバーな上、単純に相性が悪そうだから近寄らないようにしようってだけで。


「ところで、勇者と聖女ってどうやって決まるか知ってるかな?」


 糸目先輩いつまで話すんだろうか。

 まだまだ話が終わりそうにない。


「……あまり僕と話していると、悪い噂が立ちますよ」

「うん? そう言うの気にするんだったら、アウダスと友達をしていないね」


 ああ、そういえばこの人自称アウダス先輩の友人だった。

 どちらかというと奇人変人寄りの人間なんだろうな。


「……まだ話があるのなら場所を移しましょう。他の人の邪魔になります」

「え?」


 なんで驚いたような顔してるんだ?

 当たり前のことだろうが。

 本をまとめて元の場所に戻すべく立ち上がる。


「あ、うん、そうだね。そうしようか」


 本を戻しに歩きだすと、糸目先輩が小さな声でつぶやくのが聞こえてきた。


「うーん……、もうちょっと傍若無人なタイプだと思ってたけど……」


 マジで失礼だなこいつ。

 わざと聞こえるように言ってないか?


 学園に来てからは結構大人しくしてるはずだから、相当ひどい噂が広まってるんだろうな。

 まぁいいや、折角だからこいつから情報収集でもしてやるか。

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