第125話 似非読書家

 前日よりも勝率の下がった訓練場での手合わせを終えて、その日はぐっすりと休むことが出来た。

 毎日のようにダンジョンに潜っていた頃より、ほんの少し疲労感が強かったのは、時間が空いたせいかな?

 だとしたらやっぱ、週末はダンジョンに潜る時間にあてたほうがいいかもしれない。


 んで日曜日。

 正直学園の筆記授業は履修済みのところばかりなのだけれど、念のため予習でもしておこう。

 ってわけで、勉強するなら図書館。

 学校といえば図書館。

 セラーズ家の書庫より広い図書館に俺はやって来たのである。


 ベストセラーから眉唾な論文までぎっしり詰め込まれたその部屋は、俺にとってはそれなりに楽しい空間だ。

 今まで来なかったのは、入学してガイダンス的なのを受けるまで立ち入り禁止だったから。


 さーて、どういう順番で本が詰め込まれてるんだ?

 できればジャンル別に分けてあって欲しいものだけど。


 ぐるりと回ってみると、どうやら大まかにジャンル別になっているようだ。

 魔法関係の本の一部分全てがルドックス先生のもので埋まっているのを見て、なんだかおかしくなって笑ってしまった。

 図書館で一人で笑う変な奴である。

 誰にも見られていないだろうなと確認したところ、勤勉そうな委員長っぽい女の人と目が合った。

 ……俺、変な貴族じゃないよ。


 勝手にできてしまった笑顔のまま軽く会釈をしてから、背表紙を眺めて歩く。

 うん、セラーズ家の書庫にあるやつばっかりだ。


 書物の絶対数は図書館の方が多いけれど、ルドックス先生著に限るのであれば、圧倒的大勝利である。

 名残惜しいけれど、そのあたりの多くは目を通してあるものなので素通りさせてもらった。


 学園の歴史とか、ダンジョンの考察とか、あと光臨教関係の本。

 5冊くらいを積み上げてテーブルに重ねてから、そういや勉強しに来たんだったと思いだした。

 本のにおいをかぐとついね。


 どうやら図書館はさほど人気がないらしく、人の姿はまばらにしかない。

 その多くが広くとられたテーブルのスペースで、席を随分と離れて座っている者だから、互いの作業の邪魔になることはないだろう。


 折角だからと光臨教の本をめくると、中には神話的なものが描かれていた。

 どちらかいえば物語よりも光臨教についての解説的なものが見たかった俺としては、ちょっと期待外れでがっかりである。


 一神教ね。

 んで、数百年に一度訪れる災厄を打破する勇者を授けてくれる人の味方。

 勇者はこれまでも大きな戦争だったり、氾濫スタンピードだったり、疫病だったりを退けてきた実績があるとか。


 なんつーか、うさんくせぇけどなぁ……。

 その時の困難を都合よく乗り切るための傀儡を、勇者とか聖女って呼んでるだけじゃないのか?

 この辺の国は基本的に光臨教を信じるものが多い。

 基本的に悪さしないし、熱心な信者からのあがりを、恵まれない人に分け与えたりするので、あって困るようなものじゃないのだ。ただ、国からするとあまり権力を持たれて、あれこれ口を出されるのも困る。

 適度に援助したり、援助されたりの関係がちょうどいいのだ。


 国にいる光臨教は、その国の法に従うことが基本となっているが、時折その要求を突っぱねることもある。

 その辺の判断は、各国に派遣されてる一番偉い人がするらしいけど。


 普通に平和を愛するやつらもいれば、自らの権力のために暗躍するような奴らもいるから対処に難しいのだ。無理に排斥しようとして、国民に不信感が広がっても困る。

 ウォーレン家の裏側にも、それを支援する教会の派閥がいたとかいないとか。

 まぁ、プロネウス王国は国王に権力を集中させようとしてたから、教会にしてみれば釘差しときたかったのかもしれないよな。


 ところでこの間勇者とか聖女とかいたけど、あれが何かできるのか?

 あいつらに救われるところとか想像できねーんだけど。

 聖剣とか持ってるんだろうか。もし魔法の発動に便利な一振りならば、一度貸してほしい。

 絶対に借りパクとかしないから、嘘じゃないよ。


 ペラペラとめくっていると、近くに人がやってくる気配があった。

 今は学校の生徒にそれなりに警戒心を持っているから、あまり近くに陣取られると気が散るんだよなぁ。

 これだけ広いんだから別の場所に座ればいいのに、そいつは態々俺の正面の椅子を引いて腰掛けた。

 絶対に意図的なものだろうと思って顔を上げてみると、そこには糸目の先輩が座っていた。


 自称アウダス先輩のフレンズ、エル=スティグマ先輩だ。

 この間は本の扱いがなっていなかったから、勝手に似非本好きだと決め込んでいたけれど、もしかしたら違うのだろうか。

 横に置かれた本を見てみると、そのタイトルは小さな女の子が読むような本だった。


 こいつ、やっぱり本が好きなわけじゃないだろ。

 いや、本気でこの本を読みに来たんだって言われてもちょっと驚くけどさ。


 まぁ、図書館でわざわざ会話をする必要もない。

 完全に目が合ったのを確認した俺だが、気付かないふりをして再び本に目を落とした。


 用事があればあちらから何か声をかけてくるだろう。

 できればさっさと本を読み終わってどこかへ行って欲しい。

 この人胡散臭いんだ。


 そう思って文字に目を落とした俺は、それから一時間ほどして、ため息をついて顔を上げることになった。


「……エル先輩、あなたその『エルザと旦那様の幸せ料理生活』をどれだけ熟読するつもりですか? 僕が確認しただけですでに4周目ですが」

「ん? そうだったかな? いや、中身が面白くてね」


 嘘つけ。

 エヴァに請われて読み聞かせしたから俺は中身を知っている。

 それはお金持ちの旦那と結婚したエルザが、色んな料理を作る物語で、半分レシピ本だぞ。

 お前絶対料理とかしないだろう。


 相変わらずの糸目で微笑む胡散臭さに負けた俺は、仕方なく本を閉じて先輩の相手をしてやることにするのだった。


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