第120話 クルーブ先生を訪ねよう

 学園内には一応教職員用の寮もある。

 毎日授業するわけだから当然だ。


 いくら同じ学園の敷地内にあるとはいえ、生徒が教師の下を訪ねることなんてあまりない。思い出してみればわかるけど、元の世界の頃だって先生家に訪ねて行ったことなんてない。


 とか思いながら俺は今日その寮へ向かっているんだけど。

 朝食をさっさととって、クルーブに会いに来たわけだ。

 あいつ落ち着きないから、早めに尋ねないとどこか出かけちゃって捕まえるの大変そうだし。


 何か用事があるわけじゃないんだけど、毎日のように会っていたのが急に途切れると妙な感じだ。


 教職員用の寮に入ると、受付のような場所にベルが置いてある。

 上からタッチするとチンって音がする、レストランとかにあるようなのだ。

 鳴らしたら迷惑かなと思ったけれど、誰も出てくる様子がないので、少しだけ待ってから俺はベルを叩いた。


 軽い金属の音がして、奥からペタペタとスリッパの足音がして、穏やかな表情をしたおじいさんが現れる。

 頭のてっぺんに髪の毛がない、優しそうな普通のおじさんだ。


「おや、新入生ですか? 何か問題でも?」

「いえ、問題ではありません。個人的にクルーブ先生に用事があってきました。ルーサーが訪ねてきたとお伝えいただけますか?」

「ああ、新しい先生ですね。ちょっと待っていてくださいねぇ、さっき食事をしているのを見かけましたから」


 クルーブは怠惰そうな雰囲気を出すことがあるけど、あれでなかなか勤勉だ。

 毎日ちゃんと訓練をするし、朝は早く起きてきて寝汚いぎたないこともない。


 それにしたっていつもよりはちょっと早起きだな。

 何か用事でもあるのか?


「うーあーあん」


 しばらくすると、片手に杖を持って、もう片方の手に荷物を持ったクルーブが、パンを口にくわえて姿を現した。


「くわえたまま喋らないでください」


 クルーブは口をもごもごして中身を飲み込んでから、水筒のふたを開けて口に水を流し込む。流石に口に物が入ったまま喋ったりはしない。

 というか、そこまで緊急の用事じゃないから、飯ちゃんと食ってからでよかったのに。あのおじさんなんて伝えてくれたんだろうか。


「どしたの、こんな朝から」

「いえ、休みになったので一度くらい話しておこうかなと。ついでに悩み事があったら聞いてあげようかと思いまして」

「生意気だぁ」

「でもクルーブさん、大人との付き合いとか得意じゃないでしょう。うまくやってるんですか?」

「それを言うならルーサーも子供との付き合いとか上手じゃないでしょ?」

「クルーブさんで慣れました」

「よく回る口だなぁ!」


 杖の頭で頬をぶにっとつつかれた。

 軽く手で払いながら、杖を見て思い出したことを伝える。


「あの魔法、よくできましたね。綺麗なだけで実践的じゃないし、クルーブさんは習得したがらないと思ってました」

「ま、ね。でも綺麗だったでしょ」

「はい」

「あの魔法って案外手順が複雑でさぁ、結構いい魔法の勉強になるんだよねぇ。だから他の魔法の訓練がてら習得しただけー」


 ルドックス先生から受け継いだ杖をくるくるっと回しながら、クルーブは歩いて外へ向かう。顔を見せないのがクルーブらしいなぁーって思う。


「どこ行くんです?」

「ん? ダンジョン。一緒に行くでしょ?」

「……なにも準備してませんけど」

「じゃ、剣だけ持ってきてよ」

「許可制なので持ってきてませんけど」

「えー、めんどくさ。ダンジョンの前の倉庫にあるはずだから適当に見繕って持ってけばいいか」

「勝手にそんなことしていいんですか?」


 クルーブは荷物の中からちゃりっと鍵束を取り出す。


「ダンジョン関係は全部任されてるんだよね。問題なーし」

「あ、そうですか」


 学園大丈夫か?

 こいつまだ来たばっかりだけど。

 全部任せるほど信頼していいのか?

 俺はともかくとして、傍から見た時にそんな人物には見えないと思うんだけどなぁ。


「何しに行くんです?」

「ほら、生徒に適当にダンジョン潜らせなきゃいけないじゃん。地図はあるんだけど、それが正しいとは限らないし確認しておこうと思って」


 信頼できる情報なのかの確認。

 必要なことだろう。


 ふざけていたり抜けていたりするようで、こう言った部分がクルーブはちゃんと探索者シーカーだ。

 普段のクルーブをへらへらした青年だけれど、魔法を使っている時と、ダンジョン関係の準備をしている時はめちゃくちゃに頼りになる、ように見える。


「学園のダンジョンってどんななんですか?」

「階層によって雰囲気が違うらしいよ」

「あまり深くないんですよね?」


 俺が尋ねると、クルーブは何気なく周りを見回してから声を潜めて言った。


「いや、それが実は結構深いらしい」

「……どういうことです?」

「管理されてるから学生たちは3階層までしか知らないけど、本当は7階層以上ある。これ秘密ね」

「学生にばらしていいんですか?」

「駄目に決まってんじゃん」


 じゃあ言うなよ。


「ルーサーが来るなら今日はとりあえず最低4階層まで行くから。そこまでいったら敵の強さと時間見て帰る。そのうち昔から潜ってるらしい騎士とかと一緒に入るらしいんだけど、信用できない知らないやつとよりルーサーと先に入ってちゃんと調査しておきたいし」

「どこまでの人が知っている情報なんでしょう?」

「騎士の上層部? ルドックス先生は一緒に潜って、たまに間引きしてたらしいよ」


 そうだ。

 ダンジョンは定期的に入って魔物を倒さないと、いつか氾濫する。

 まさか各地の貴族や、各国の要人が揃う学園内で氾濫を起こすわけにはいかないだろう。


「学園内にそんなものを残しておいたら危ないと思うんですが、どうして潰してしまわないんです?」

「そんなの、潰せないからでしょ。僕さっき言ったよね、7階以上あるって。なん階まであるかわからないらしいよ。もう数百年ずっとあるから、氾濫の心配はない、らしいけどね?」


 ……いや、心配がないかなんてわかんねぇだろ。

 大丈夫なんか、この国。

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