第118話 気晴らし

 いくら俺のことが気に食わないと言っても、そう簡単に手を出したりするのは難しいらしい。

 遠巻きに気にしている様子はあるけれど、直接絡んでくる奴は今のところいない。

 授業が始まってからすでに数日たったけれど、学校生活中にヒューズ以外で俺に話しかけてきたのは教師だけである。


 それもヒューズが授業中に居眠りしているせいで指名されて、答えられなかったから隣の俺にというパターンだけだ。特別贔屓されているようには感じない。

 腫物を扱うような雰囲気でもないし、教師側が外の世界の身分や関係を意識していないのは本当なのかもしれない。


 生徒たちに関しては遠巻きに観察されている状態が続いている。

 特に俺たちの席を囲うように座っている連中は、こっそり様子を窺っているのがわかる。俺のことを観察するにしても下手なんだよなぁ。

 いくら貴族の子供と言っても13歳だし仕方ないか。


 なんかうまいこと味方を増やせるといいんだけど、腹の中で何を考えているかわからないのが相手だと、どうしても躊躇しちゃうんだよなぁ。

 当面の目標はいい成績を維持して、セラーズ家の嫡男優秀じゃん、って思われることくらいか。あとは父上と陛下の関係改善とかにお任せになっちゃうんだけど、それだとなぁ、あまりに俺が役立たずである。


 殿下には妙に期待されてしまっている感じがするし、なんか成果が欲しいもんだなぁ。


 しかしまぁ、少なくとも座学をしている間は何も起こらない気がする。

 だって普通に勉強してるだけで喧嘩とかしないもの。



「そんなわけで、結局何も起こらずに平和に過ごしています」

「良いことだろう」


 たまたま帰り道に遭遇したアウダス先輩と俺は、訓練場にやってきて剣を交えている。

 ウォーミングアップ的な手合わせでは、まだまだ互いに会話をする余裕がある。


「もっといろいろな事件とかが起こると思っていたんですよ、っと!」


 やや強めの踏み込みからの一撃を、アウダス先輩はやすやすと受け止めてはじき返して見せた。相手の力に逆らわずに再び距離をとった。いくら鍛えているとはいえ、体格的にパワーでは勝負できない。


 遠巻きに見ている人たちからは、俺達が何を話しているかなんて聞こえないだろうから、好き勝手なことを話している。半分ストレス解消のようなものだ。


「最初と同じだな」


 先輩の打ち込みを木刀で受け止め滑らせる。

 まともに受けると手がしびれるからなぁ、馬鹿力め。


「何が、ですか!」


 滑り落ちた拍子に手首を返して横なぎ、はすでにアウダス先輩の手元に戻った木刀にしっかり受け止められる。


「警戒しすぎてたら、誰も行動などおこさん」


 はじき返される勢いのまま、体を回転させて、反対側から強襲。

 当然受け止められるだろうと思っていたのだが、一瞬目を離した隙に、アウダス先輩は更に前へ一歩踏み出したらしく、胴体に腕がぶつかるだけに終わってしまった。


 木刀のお尻の部分で、頭の天辺をコンと叩かれる。


「集中力が散漫だぞ」

「……すみません」

「さっさと生活に慣れろ、張り合いがない」

「もう一度お願いします。今度は集中しますから」

「話がしたいなら手合わせの時でなくてもいいだろう」

「そっちはもうすっきりしました。今度は本気です」

「勝手な奴だな」


 そう、俺って結構勝手な奴なんだよな。

 なんか妙に持ち上げられたりするし、それらしく振舞わなきゃいけないって思うけど、根本はただの小市民だしなぁ。

 アウダス先輩は初対面の時から遠慮がないから関係性が心地いい。


 殿下とかマリヴェルといる時もしんどいわけじゃないんだけどな。

 よし、頑張るかって気分になるからさ。


 ああ、この手合わせに俺は多分クルーブとの訓練の時間のような心地よさを感じているんだろう。

 寮に入ってからまともに喋れてないしなー。

 

 明日は休みだしクルーブにでも会いに行くか。


 何度か手合わせをして、ことごとく負けたけれど、最後の方はなかなかいい線いってたんじゃないだろうか。

 すっかり体中が気持ちよい疲労に包まれたころには辺りが暗くなってきていた。

 集中していたから気づかなけれど、いつの間にやら観客のように数人のガタイのいい先輩が周りを囲んでいる。

 俺の背がまだ小さいから、集まられるとなんかちょっと怖い。


 そのうちの一人が突然手をパチパチと叩くと、それにつられて他の数名も拍手をし始めた。

 アウダス先輩はいつもと変わらない顔でそれを見ていたが、やがて拍手が収まると、最初に手を叩いた先輩が腰に手を当てて笑った。


「一年でこりゃあ大したもんだ。ちょいと俺とも手合わせしてくれねぇか?」

「……いいですけど」


 結構疲れてるんだけど。

 あと、誰だよお前……、ほぼおっさんみたいな見た目してるけど、制服だから生徒なんだろうなぁ。


「ま、そう警戒するなって。ただの手合わせだ、大けがはしないよう互いに寸止めでいいか?」


 足元に置いてあった木刀をしゃがみこんで拾った先輩は、その重さを確かめるように軽く振りながら提案してくる。

 振り返りアウダス先輩を見ると「好きにしろ」と、短いお返事を頂いた。事情が分かるなら相手の正体とか教えてほしかったんですけどね!


「よっし、かかってこい」


 先輩が剣を構えると、快活そうな雰囲気が一変する。

 あ、この人、マジでちゃんと手合わせをする気だっていうのが一発で分かった。

 何か裏の考えとかがあるんじゃないかって疑っていたけれど、今は余計なことを考えないで、真剣に向き合わないと勝てない気がする。


 学園ってアウダス先輩以外にも、ちゃんと強い人いるんだな……。

 ……いい勉強だ、やるぞ。

 んで、やるなら勝つぞ。




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