第117話 殿下の期待と初日の観察
ノックをして割とすぐに中から声がした。
「どなたです?」
「私だ、カートだ」
「開けます」
やはりルーサーは私の訪問を予測していたのだろう。
急に訪ねたというのに、その対応は非常にスムーズだった。
ずいぶん前に部屋へ戻ったはずなのに、未だに制服を着ているのは、私を待ってのことだろう。別に楽な格好をしておいてくれても良かったのだが。
「殿下、どうされたんですか、こんな時間に」
非常識な時間に訪ねた自覚はあるのだが、ルーサーは怒ったりしなかった。
当時と変わらず、私達がどうしたいのか、何をして欲しいのか、ちゃんと尋ねてくれる。
積もる話は山ほどあったけれど、それよりも先に再会し、また同じ時間を過ごせることが嬉しかった。
「ルーサー、違うだろ、そうじゃないだろ」
「なんです?」
とぼけるルーサーに向けて腕を広げて笑いかけると、ルーサーは仕方ないなとでも言いたげに苦笑して、私の抱擁を受け入れてくれた。
さっさと帰ってしまったことに文句を言ってみたりしたが、ルーサーはどこ吹く風で笑っている。それでも、ルーサーの笑顔に影がないことが今は嬉しかった。
もしかしたら恨まれているんじゃないかとか、僅かながら残っていた懸念が払しょくされた瞬間だった。
ローズとは仲良くやっていること。
学ぶうちにようやく状況が呑み込めたこと。
そして私がこれからどうしていきたいか、そのすべてをルーサーにぶちまけた。
反応は思っていた通りで、受け入れて、そして笑って肯定してくれた。
賢いルーサーのことだから、私が語る夢が非常に難しい道のりの先にあるものだとわかっているだろう。
まずは学園に通う間に、敵味方を見分け、協力者を探さなければいけない。
ルーサーの話を聞いたところ、すでに幾人かの先輩には目をつけているようだ。
騎士団長の息子で堅物で有名なアウダス先輩とは、すでに親交があるとか。
もしかしたら、クルーブ先生を学園の中に引き入れたのも、何か深い考えがあるのかもしれない。
疲れているだろうから早く休むよう念押しをされてルーサーの部屋を出る。
明日からは学園生活の始まりだ。
初めの年は身分でクラスが分けられるから、全員が同じクラスになるのは間違いないだろう。
私もルーサーを見習って、きちんと人を見分けて見方を探していかないといけないな。
◇
殿下は思った通り、すっごくしっかり成長していたなぁ。
ただ、俺の方をキラキラした目で見ていることは変わらなかった。
俺は大したことしてないのに、妙に殿下から評価されてるんだよなぁ。
正直重たい期待だけれど、裏切りたいわけじゃない。
学園生活でもぼろを出し過ぎないように気をつけないとな。
ヒューズと一緒に適当に朝食をとって、時間に余裕をもって学園へ向かう。
ぎりぎりに行くようになると、間違いなく玄関部でもみくちゃにされる。
何せすべての生徒を合わせると余裕で千人を超える数がいるのだ。
人込みに入り込んだらどさくさにまぎれて何をされるかわかったもんじゃない。
昨日案内された通りの教室へ向かう。
この学校の教室は横長の備え付けテーブルを、幾人かの生徒で共有する形だ。
好きな場所に座っていいらしいので、折角なら俺は一番後ろの席を占領するつもりでいた。
背中を誰かに観察されるのって何か気になるしな。
この世界で剣を覚えたりするまでは、全然気にしてなかったんだけどなぁ。
教室の後ろ扉を開けて中へ入ると、すでに中に人がいた。
その少年は、一番前の席の窓際で、そよ風を受けながら教科書をめくっていた。
一瞬振り向いて俺を見たその少年は、軽く頭を下げてまた教科書に目を落とす。
眼鏡かけてたな。
見栄を張る貴族の家だと、眼鏡はかけさせないはずだけど。
少しだけ眼鏡少年のことを気にかけながら、俺は一番後ろの窓際の席を陣取った。
別に態度が悪く過ごそうとか、そんなことは考えていない。
眼鏡少年にならって、俺も教科書を開いて今日からの学園生活の予習を始めた。
「……ルーサーって真面目だよな。俺はダメだ、眠たい」
「だから無理に付き合わなくてもいいって言ったじゃないですか。寝てたらいいですよ、どうせ人が増えてきたら目が覚めます」
ヒューズは上半身を伏せて、自分の腕を枕に目をつぶってしまった。
それならぎりぎりまで部屋で寝てりゃいいのに。
予習をしながらも俺は、教室の扉の方へ意識を割く。
人が来るたびに、俺に対してどんな視線を向けるのか確認する必要があった。
評価基準としては、俺のことが嫌い、よく知らない、特に思うところはない、好意がある、だ。
初めの頃にやって来たものの多くは、特に思うことがない、が多かった。
そして段々とよく知らない、が入ってきて、それから俺のことが嫌い、ってタイプが増えてきた。
好意的なのかはわからないけれど、俺を認識してなお近くの席に座った奴らの顔は憶えておく。なぜならそいつらには何らかの意図があるはずだからだ。
昨日殿下も言っていた通り、俺はこの学園生活の中で、敵味方の区別をしていかなければならないのだ。
弱冠13歳にして世知辛い世の中である。
性格が歪みそうだ。
皆できるだけ仲良く、仲良くできない人は見ないようにしよう! では済まないのが貴族社会である。
俺、そんな世界には向いてないけど、やるしかないんだよなぁ。
そんな感じで人が揃ってきたが、相変わらず俺の周りはやや空席が目立つ感じだ。
はいはい、そこで窮屈そうにしている君、俺の近くが空いてますよ。
どうせこねぇんだろうけど。
殿下の周りはびっしり人が集まっているが、近くでローズが目を光らせているおかげか、しつこく声をかける者はいないようだ。幸いなことに、イレインやマリヴェルもローズの圧力の傘の下に入れてもらっているようである。
俺といるよりは余程平和かもな。
こうなってくると、俺と眠りこけているヒューズはまるで不良である。
俺はぴっちり制服を着て予習してるだけなのに。
実は廊下側の最後列の席にも、それっぽい人相の悪いのがちらほらといて、俺のことを気に食わなさそうに見ている。
貴族の中にもあんなチンピラみたいなのがいるんだなと驚きである。
こそこそ噂話をしてくる奴よりは、よっぽど気持ちがいいけどね。
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