第116話 殿下はルーサーと話がしたい
ぎりぎりまで寮に入らなかったのは、単純に面会者が多かったからだ。
いよいよ私が入学する数カ月前から、私の面会予定はびっしり詰まってしまった。
面会の建前は色々あるのだけれど、最終的には息子・娘をよろしくとなる。
わかっていても立場上最後まで話を聞いてあげなければいけないのが辛いところだ。
プロネウス王国は王政だけれど、貴族の力が非常に強い。
王はどの貴族と比べても豊かな土地と軍を持っているけれど、過半数に反乱を起こされたら対応は難しくなる。
何でも自由に決められるほどの権力はないのだ。
だからこそ父上は苦労しているし、セラーズ家を庇うことができなかった。
ようやく面会を終えた頃には、入学式が翌日に迫っていた。
挨拶をすることは前々から知らされていたから、準備だけはしてきてある。
正直かなり疲れがあったけれど、明日からまた友人たちと同じ空間で過ごすことができると思えば辛くはなかった。
当日、人が集まってくるまで控室で待機をして、いよいよ式が始まる時間になったら、あらかじめ用意されていた席へ向かう。
その途中、思わず一度足を止めそうになる。
教師の席に、ルーサーのもう一人の師であるクルーブ殿が足を組んで座っていたのだ。
これもまた、私にとっては懐かしい顔だ。
数年たったにもかかわらず、相変わらず幼い顔立ちで、他の教師と並ぶと大人と子供のように見える。
私の姿を確認すると、悪戯っぽくウィンクを飛ばしてきた。
クルーブ殿は隣の先生に注意されながら、どこ吹く風でぷいっと顔を逸らした。
どうやら中身もあまり変わっていないようだ。
挨拶の順番が回ってきた。
顔を上げ堂々と覚えてきた文章をそらんじる。
大勢の前で話すときは、どこを見るでもなく全体を見るように。
相手が私と目が合っているように思ったのならば満点だ。
なんとなく会場の様子を把握していくうちに、まずはローズとマリヴェル、それにイレインの姿を見つける。
イレインはすらりと背が伸びて、昔の姿から想像した通りの美人になっていた。
あまり話しかけるとローズに怒られそうだ。
挨拶を続けつつ、さらに意識を他の場所へ移すと、ぽっかりと空いている場所が一か所目に入った。
ヒューズがいる。
そしてそのすぐ近くに、ルーサーが立っていた。
身長はそこまで伸びていない。
涼しげな表情は昔と変わらず、壇上に一応注目しているようだった。
挨拶を終える頃にはふっと薄く笑って、私から目を逸らす。
こうして聞いてもらえるのならば、少しくらい代り映えのすることを言えばよかった。無難に締めてしまったことで、つまらないと思われたら嫌だな。
元の席に戻り、クルーブ殿の挨拶を見てしまってからは、なおさらそんな風に思ってしまった。とはいえ、王族である以上、あれほど好き勝手やることは、当然できないのだけれど。
式が終わっても立食パーティは続く。
順繰りにまわっていけば、そのうちルーサーの下にもただりつくことができるはずだ。男子たちが固まっている方へ足を踏み入れると、すました貴族の子供たちが礼儀正しく私を迎え入れてくれる。
声をかけてくるのは貴族ばかり。
平等とうたっても、最低限無礼のないように、中々そのあたりの教育はしっかりされている。
いいことではないかもしれないけれど、国を運営していくうえでは必要なことだろう。
歓迎してくれた皆と一言二言交わしながら進むだけでも、ルーサーの元までたどり着くのには随分と時間がかかる。
小一時間そうして歩みを進め、ようやく目的のテーブルまでたどり着くと、そこにはもうルーサーはいなかった。
少年数名がかわいらしい少女の機嫌を取っており、その中に一人だけ、居心地悪そうにしている少年がいる。
見たことのない顔ばかりだから、おそらく貴族ではないのだろう。
私は基本的に、ゆっくりと歩いてあちらから話しかけるのを待つ形だ。
平民たちは先ほどの挨拶で私が王太子であることを知っているので、まず話しかけてきたりしない。
当然このテーブルで話しかけられることはないだろうと考え、ルーサーはどこへ行ってしまったのだろうと、意識を別のところへ飛ばしていると、さっと進路をふさがれて足を止めることになった。
「カート様、お初にお目にかかります! 私、光臨教より聖女候補とされております、ユナと申します。どうぞよろしくお願いします!」
「聖女候補か。さぞかし優秀なのだろうな。君の活躍を聞くのを楽しみにしているよ」
心中やや動揺しながらも、それを表に出すことなく対応できたと思う。
この会場においては私の行く先が開けることはあっても、塞がれたのは初めてだった。
それにしても光臨教か。
確か勇者と聖女の候補を何組か選定し、その優秀さを競っているのだとか。
本物を見つけて迫りくる危機に備えているというが、王国としての見解は、光臨教内の代理戦争だ。
本物の勇者・聖女と認められた組の後見人が次の教皇になるのだろう。
彼女が聖女だとすれば、何らかの能力が人より秀でているということになるはずだ。
「良かったらこちらでご一緒に食事はいかがですか?」
かわいらしく首をかしげてくれたけれど、私はその申し出を受けるわけにはいかない。
まだまだ挨拶をしていないテーブルがたくさんあるのだ。
ここで止まってしまっては、あとで自分のところへは来なかったと噂されかねない。
「お誘いはありがたいけれど、まだ他のところも回らなければならなくてね」
「そうですか、残念です……」
なんとなく今私は、すぐ近くにローズがいなくてよかったなと思っている。
やり取りを見られる前に次のテーブルへ移動してしまおう。
変わった出会いがありつつも、私は全てのテーブルをまわり終えた。
そしてどこでもルーサーの姿を見つけられなかった。
ローズにこっそりと聞いたところによると、ルーサーは私に失望したりもせず、むしろ心配をしていたというから嫌われてはいないはずだ。
おそらくルーサーは、公の場での再会で互いに話ができないのをもどかしく思ったのではないだろうか。
ルーサーのことだ。
姿がくらませば、後で私が夜に訪ねるであろうことも想定済みなのだろう。
式を終えて寮に荷物を置いた私は、時間を待ってルーサーの部屋を訪ねることにした。
普通であれば非常識な時間であるけれど、ルーサーならば問題ないはずだ。
私は何のためらいもなく、ルーサーの部屋のドアを手の甲でそっと叩いた。
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