第115話 心残り

 それから殿下と話したのは、会わなかった間にどんなことをしていたのかだった。

 最後にあった時は、まだまだ子供っぽい印象だった殿下だけど、今は随分と大人びている。13歳でこれほど大人びていなければならない王族というのは、本当に大変だ。

 互いに近況報告を終えた頃、殿下は立ち上がり体を伸ばしてから、持ってきたランタンを手に取った。


「さて、そろそろ戻るか。部屋の整理もまだ終えてないからな」

「片付けは明日以降にして、今日はもう休んでください」

「はは、ルーサーは相変わらず保護者のようだな」

「うるさいですか?」

「いや、ルーサーが見守ってくれていると思うと安心できる。……王宮も中々気を抜いていられないからな」

「あまりあてにし過ぎないでください」


 当時こそまだまだ中身が年上だったから頼りに思えたかもしれないけれど、今となってはどっちが大人っぽいか微妙だぞ。

 俺は自分が子供っぽい性格をしている自覚があるからな。

 殿下の横を通り過ぎて、ドアに耳を当てて廊下の様子を探る。

 気配的には誰もいないし、足音なども聞こえない。


「今のうちに外へ」

「うん、やっぱり頼りになる。それじゃあ、また明日な」

「ええ。と言っても、しばらくは公に交流はできませんが」

「互いにおかれている状況がわかるだけ、今までよりもましだ」

「……そうですね」


 そっと扉を押し開けて、殿下が外へ出たのを確認してから、音を立てないように扉を閉じた。


 うん、明日からまた頑張るか。

 これで当時の仲間たち全員が関係の継続を望んでいることも分かったし、それだけでかなりやる気は出るってものだ。


◇(カート殿下視点)


 壇上で挨拶をしている途中に、目的の人物を見つけることができた。

 私達が今よりもずっと小さなころ、ずっとその中心にいた頼りになる男だ。

 穏やかで、賢くて、気が回り、他人思い。


 私達は皆、ルーサーに好かれたくて一生懸命だった。

 

 ローズですら、私を好いてくれるのとは違う意味で、ルーサーのことを好いていたと思う。いや、認めていて、認めてもらいたがってた、というのがより近い表現だろうか。

 マリヴェルやヒューズはもちろんだし、あのクールなイレインですら、ルーサーのことだけは特別に見ていたように思う。


 そんなルーサーを身近に感じるのは、一緒に遊んでいる時よりも、ルーサーが家族や魔法の先生たちについて話している時だった。彼らについて話すルーサーは、仮面をほんの少しだけ外して、私達と同じ場所に立っているような気がした。


 やがて時間が過ぎて、付き合いも長くなると、ルーサーはようやく私達をその大事な者たちと同じように扱ってくれるようになった。多分ルーサーは、明確に自分の味方と敵を区別しているタイプなのだと思う。

 その内側に入れたことを、こっそり他の仲間たちと喜んだ記憶がある。


 そうなってからのルーサーは、丁寧な態度や口調は変わらなかったけど、以前にもまして私達の心配をして、世話を焼くようになった。

 何をするにもルーサーに見守られているような感じがして、当時の私達は、それだけで何でもできるような気がしていたのを覚えている。


 だからこそ、あの事件の後のルーサーのことが、私はとても心配だった。

 魔法の師であるルドックス殿。

 イレインの兄、サフサール殿。

 懐に入れていた相手を失い、手の届かぬ所へ攫われたのだ。

 場合によってはイレインですら失うところであった。


 それを聞いたとき私は、今こそルーサーの力になるんだと張り切った。

 しかし、政治上微妙な立場になってしまったセラーズ家を訪ねる許可は出なかった。政治的敵対関係にあったローズの生家であるスレッド家はもちろん、マリヴェルに甘いスクイー侯爵も訪ねる許可を出さなかった。

 それだけ難しい時期だったのだと今ではわかるが、当時の私は結構本気でかんしゃくを起こしたものだ。

 絶対に大人しくするとの約束の下、ルドックス殿の葬儀に出席させてもらったけれど、その時に見たルーサーは魂の抜けた人形のようだった。陛下が傍へ来た時などは、機械的にあいさつをしていたようだったが、少なくとも私のことは目に入っていなかった。


 無視されたことよりも、ただ自分たちの兄のような存在であるルーサーが、酷く気を落としているを見るのが辛かった。そして相変わらずセラーズ家を訪ねることもできない、己の身分としがらみが憎かった。


 いよいよセラーズ伯爵が大臣を辞して、自領へ帰るとなった時私は焦った。

 このままではいけないとわかっていても取れる手がなかった。


 陛下と共に仕事の現場に立ち会っていても上の空で、何度も注意をされた。

 普段ならば絶対にないことなのに、陛下に注意されることですら煩わしいと思ってしまったほどだ。


 そんな中、私は一つ希望を託した。

 我がプロネウス王国で、個人として最も恐れられている人物である、【皆殺しの】オートン女伯爵が謁見に来ていたのだ。

 何を話していたかはよく覚えていない。

 

 ただ私は、帰らんとするオートン卿の背中に声をかけて、ルーサーへの伝言を託したのだ。

 オートン卿はそんな私を、つま先からつむじまで睨みつけて口を開く。

 肉食動物の前に立った兎のような気分だった。


「殿下の頼みを聞く義理はない。ですが個人的にセラーズの顔は拝んでおきたいと思っていたところだ。ついでにうちの軟弱者も連れていくことにしよう。ヒューズ!」

「はい!!」


 それまで私は気づかなかったのだけれど、隣にはかわいそうな気配を小さくして立っていた。オートン卿が怖すぎて、ヒューズまで目に入らなかったのだ。


「1分以内に話を聞いて追いついてこい。来なければ置いていく」

「はい!!」


 カッカッカッ、というオートン卿の足音がまだ聞こえるうちに、私はヒューズにルーサーへの伝言を託した。走り書きのメモを渡し「頼む」と祈るように言うと、いつも少し自信なさげだったヒューズが、表情を引き締めて「分かった」と答えてくれた。


 きちんと連絡をしてくれたとは聞いていた。

 しかしそれから私個人としては連絡を取れていなかった。

 心配だった。

 ヒューズは、ルーサーは変わらず元気にしてくれると教えてくれていたが、直接やり取りしていないのだから心配に決まっている。


 私が最後に見た時のルーサーは、今にも消え入りそうな顔をしていたのだから。


 もしかしたら、私のことなんか忘れてしまっているんじゃないかって、そんな心配もどこかにあったのだと思う。



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どうぞお手に取っていただけましたら幸いにございます。

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