第114話 密談

 部屋の戸を叩く音が、俺の意識をまどろみからすくい上げる。

 少し休むだけと思っていたのに、しっかりと眠ってしまっていたらしい。

 変な姿勢で休んでいたせいで、首が少し痛かった。


 外は真っ暗になっているから、流石に入学式のパーティは終わっていることだろう。


 こんな時間に尋ねてくるのはヒューズか。

 勝手に帰ったことを怒っているのか?

 いやでも、ヒューズにしては控えめなノックだったな。

 まさかな、まさか……。


 枕元に置いてある光石のランタンを手に取って、足元を照らしながら扉の近くまで行って声をかける。


「どなたです?」

「私だ、カートだ」

「開けます」


 そっとドアを開けると、俺と同じようにランタンを片手に持った殿下が笑って立っていた。


「中へ」

「うん」


 短いやり取りで殿下を招き入れて、誰にも見られていないか確認をしてからそっと扉を閉める。完全に消灯しているってことは、21時過ぎだろう。

 相当眠っていたみたいだ。


 カンテラをテーブルに置いてぼんやりと照らされた顔は、改めて見ても間違いなく殿下だった。

 いきなり俺のところに遊びに来るとかやんちゃ過ぎない?


「殿下、どうされたんですか、こんな時間に」

「ルーサー、違うだろ、そうじゃないだろ」

「なんです?」


 殿下は両腕を広げてにっかり笑って言う。


「最初の挨拶はこうだ。久しぶりだな、息災だったか?」

「……はい、元気にしていました。殿下こそ、お元気そうで何よりです」

「うん、俺もルーサーが元気そうで嬉しい。今日話す間もなく帰られてしまったのは寂しかったがな」


 がっしり抱擁。

 殿下、感情表現激しいよなぁ。俺もちゃんと返したけどさ。

 人の見る目がある場所でないのにこういうことができるから、殿下は人に好かれるんだろう。

 多分ローズに見つかったら呪詛を吐かれる。

 

 リリースしてもらってから、互いに勝手に椅子を引いて腰を下ろす。

 たった一回の抱擁で、距離を取らなければなと考えていた俺の気分が、当時の関係位に気安くなったのには驚きだ。


「公の場でこうして再会を喜ぶわけにはいかないでしょう」

「うむ、しかし言葉を交わすくらいは許されよう?」

「どうでしょう? ローズは不安視していましたが」

「ローズが心配する気持ちもわかる。あれは、ルーサーと私の関係を反対する者の渦中にいるからな。その声がより大きく聞こえるのだろう。あとは……ローズだからな、私とルーサーが知らぬところで仲良くするのが嫌だったんじゃないか?」

「おや、離れている間にそれに気づいたんですね」


 当時はローズの独占欲というか、好き好き光線に気づいていないような節があった殿下だ。流石に数年たって理解することができたらしい。

 殿下はテーブルに頬杖をついて苦笑して見せた。


「ルーサー、知ってたなら教えてくれても良かっただろう」

「ローズに恨まれたくなかったので」

「言ってくれてればもっと早く気付いたぞ、何を恨まれるのだ」


 何が怒りに触れるかなんてわかったもんじゃないしなぁ。


 ほんの数年しかたっていないのに、殿下は随分と大人びたように見えた。

 言葉に根拠を持ち、何が起こっていて何をするべきなのかをきちんと考えている。


 俺が戦闘能力の向上に振っていた分とか、全部そういう政治方面を学ぶ時間に割いたんじゃなかろうか。

 そうでもないと俺の子供っぽさが目立ってめちゃくちゃ恥ずかしいから、そういうことにしておこう。


「殿下と話すより、ローズと話すことの方が難しそうですね」

「立場上そうかもしれないな。その辺りは私やイレイン達を介して連絡とり合えばいいだろう。陛下もセラーズ卿の立場を取り戻すべく尽力している。いずれはもう少しましな状況になるだろうさ」


 殿下からすれば、イレインは国を裏切った貴族の娘だが、そこには隔意はないようだった。もっとも、これだけしっかりと成長を見せてきたのだから、胸の内に抱えるものはあるかもしれないけど……。


 いや、どうなんだ。

 折角二人きりなんだし、聞いておいた方がいいか。

 腹を割って話させてもらおう。


「……殿下、一つ聞いてもいいでしょうか?」

「なんだ?」

「イレイン……、いえ、ウォーレン家のことをどう思われていますか?」


 殿下は背もたれに寄りかかり、一度目を伏せて見せた。

 それからゆっくりと話し始める。


「恥ずかしい話、当時の私は状況が呑み込めていなかった。しかし、あれからいろいろと学び、考えたのだ。おそらくウォーレン家は、最初の動きでセラーズ家を味方にできなかった時点で、プロネウス王国へ勢力を伸ばすことは、一時的に諦めているはずだ。北にはまだまだ小さな国がいくつか存在している。うちとの関係を良好にして、そちらに手を伸ばした方が得策だからな。セラーズ家を再び重用し、融和政策をとった方が国益となるだろう。ルーサー、私には一つ考えがあるんだ」

「なんでしょうか?」

「夢みたいな話と笑わないでくれ。今、父上がセラーズ家を再びそばに置いたのは、真に国を憂うとそうでない者を選別する目的がある、のだと思う。私も聞かされていないから推測にしか過ぎないが。そして、元々そうしていくはずだった、王家への力の集中を再び推し進めるのではないかと思う。順調に行ったと仮定した時、プロネウス王国はウォーレン王国よりもはるかに豊かになることだろう。あちらは山が多いからな」


 成功すればそうかもしれない。

 ただ、失敗した場合はあちこちで反乱がおこって大変なことになりそうだけど。

 そうなったら、ウォーレン王は遠慮なしで攻め込んでくるだろうな。


「父上がその後どうするつもりかわからぬ。しかしその頃に私が後を継いでいたのならば、ウォーレン王に公爵の地位を与え、再び我が国へ下ってもらうつもりだ。ウォーレン家が国を離れたのには、王家にも、旧態依然の貴族達にも責任がある。誰とでも仲良しこよしでいられないのならばだ、ルーサー、私は友人達の手を取って未来を選びたい」


 あまり現実的ではない、本当に夢みたいな物語を語ってくれた。

 ただ、殿下の話してくれた未来は、俺にはちょっと魅力的だった。


「すごく難しそうな道ですね」

「そうなんだ。でもルーサーはすごい奴だからな。ローズはいつか家を乗っ取ると張り切ってくれている。スレッド家が旧貴族達をうまくまとめてくれれば、この計画は現実味を帯びてくるはずだ」

「あ、ローズはもう同意してるんですね」

「うむ! 相談しながら考えた計画だからな!」


 うぉお、狂戦士ローズ、マジで殿下にベタぼれじゃんか。

 家とかよりも殿下の夢に全ベットしたってことになる。

 すごい奴だな……。

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