授業が始まるってさ
第113話 交流
式らしきものが終わって、あとは好きに食事してあまり遅くならないうちに寮へ帰りなさいよという状態になった。教師たちや寮監の先輩方もその場に残っているので、みんなお行儀良く過ごしている。
ぼちぼちはじめましての挨拶とかをしている人たちもいるみたいだけど、ヒューズはそう言うの得意なタイプじゃないし、俺は声かけると迷惑になりそうだ。お陰様で話すきっかけのない俺のテーブルは周りと比べると幾分か静かだ。
イレイン達と合流するのも一つの手かと思ったのだが、そちらに目を向けてみると、気の強そうな少女が一人目に入った。
間違いなくローズだろうな。
この間の話からして、俺が行くのはあまり都合がよくないのだろう。
「ヒューズ、あっちにローズがいるから挨拶でもしてきたらどうです?」
周りに聞こえないように提案すると、ヒューズが少しだけ眉を顰めた。
お、あんまり見ない表情だな。
「しばらく会っていないでしょう?」
「会ってないけどなー、あいつ俺にあまり興味ないだろ」
「……そんなことないんじゃないですか?」
「あるだろ。男はカートのことしか見てないぞ、あいつ」
こいつこの年になっても殿下のこと呼び捨てにしてるのか。
そのうち怒られるぞ。
殿下からじゃなくて、他の偉い人とかに。
「否定はしませんが、よく遊んだ相手と認識ぐらいはされていると思いますが」
「まーなー……、行ってくるか」
「僕の分まで挨拶しておいてください」
「仕方ねーなぁ」
ぶつくさと文句を言いながらも人ごみに紛れていったヒューズ。
俺に付き合わせて人と関われないのも申し訳ないからな。本人は気にしてないかもしれないけど、貴族としては問題がある。
入学式直後のこういうイベントってさー、結構大事なんだよな。
ここで仲間を作れないと、この先の生活に影響が出たりする。
寂しい学園生活を避けるためには頑張り時なのだ。
俺は頑張っても意味ないからやらないけど。
妙に人が寄り付かないことに気づいた平民出身の1年生が、一人また一人と減っていき、いつの間にやら俺と同じテーブルを前にしているのは、さっきの爽やか少年だけになってしまった。
うーん、もう食事は十分にとったし、寮に戻っちゃおうかなぁ。
公の場で殿下の方がから接してくるってこともないだろうし、正直言って今できることがもうないんだよな。
そうだ、そうしよう。
多分この爽やか少年は、俺が人から嫌われているのを察して、憐れんで残ってくれているに違いない。俺がいつまでもここにいると、この推定心優しき少年の学園生活の邪魔までしかねない。
そうと決まればさっさと退散しよう。
ヒューズにはあとで謝っとけばいいでしょ。
一応爽やか少年に「僕はこれで」とだけ告げて、その場を離れる。
「え、あ……」と後ろから声が聞こえたが知らん顔だ。少年よ、俺と関わると火傷するぜ。
寮へ帰ると、ちょうど夕食時だったのか、随分と注目を浴びてしまった。
アウダス先輩は入学式典に駆り出されているけれど、寮の先輩方は大人しい。
まー、俺も寮に来てから結構たつから、いつまでも緊張してばかりはいられないよな。
それにしたってあまりに早い帰りに、ぎょっとした顔をしていたけど。
階段を上がって4階へ着くと、廊下でメフト先輩と遭遇してしまった。
皆大体誰かと一緒に歩いているというのに、俺も一人、メフト先輩も一人である。
互いに人との縁があまりないらしい。
「おや、随分と早い帰りだね」
「式典は終わりましたよ」
「そのあとの自由時間が本番だろうに……」
肩をすくめて忠告するような言葉を吐くメフト先輩だが、その顔に張り付いているのは笑顔だ。俺が友達を作れる環境にないことをわかっていてからかってきている。
「生憎、人付き合いはあまり得意でないもので」
「いよいよテラスの住人となってしまいそうな発言だな」
「仲間に入れてもらえるのなら寂しくなくていいですけどね」
互いに気を抜いた軽口の応酬は、なんとなく少し仲が良くなったようで悪い気分ではない。しかし廊下の向こうから足音が聞こえてくると、メフト先輩はそれを敏感に察知して表情を感情のないものに変えた。
「ではな」
短く一言告げると、すたすたとそのまま俺が今来た方へと去っていく。
まー、色々あるんだろうな。
ばれたら困るって程ではないけど、大っぴらに付き合いを認められるのは問題があるって感じな気がする。俺も何事もなかったかのように歩き出して、すました顔をして自室の扉をくぐった。
さて、ローズの忠告に従うのなら、殿下の部屋を訪ねたりするのは良くないだろうなぁ。できれば偶然出会う形で、言葉をいくつか交わして、実際の殿下の考えを聞いておきたい。
テラス、来てくれねぇかなぁ。
そうするとめちゃくちゃ話が早いんだけど。
行儀悪くベッドに上半身を預けて考えているうちに、だんだん眠たくなってきた。
いいや、寝てしまおう。
まだまだ先は長いんだ、悩んだってどうしようもないし。
ミーシャがいないせいですっかり怠惰な暮らしをしている俺は、そのまま目を閉じて眠気に身を任せてしまうことにした。
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