第112話 さぷらいず

 入学式、というか、俺に言わせれば入学立食パーティ、みたいなのが始まった。

 基本的に毎年の慣例として、どっかで成績優秀者が挨拶するらしいのだが、今年は違う。


 殿下が入学するのに、まさか他の人を代表にするわけにもいかないから仕方ないね。近くに殿下がいないか探してみたけれど、残念ながら前に立って何かするために、俺達とは違う場所に座っているようだ。


 教師らしき人物たちが並んでいる辺りにいるんだろうな。

 ここからは見えないけど。


 もう一人俺の知り合いがその辺にいるはずなのだが、その姿も俺からは見えない。もしかしたら二人ともどこかで待機してる可能性もあるか。


 新入生だけの立食パーティだけれど、うろつくと人と肩がぶつかるくらいには混みあっている。ヒューズがじろりじろりと目を光らせているおかげか、あるいは俺を避けてか、俺達の周りだけはちょっと空いてるけど。

 その辺はだんだん神経が太くなってきたのか、役得だと思うことにしている。

 俺と同じテーブルについているのは、貴族以外の子達ばかりだ。

 

 俺もヒューズも噛みついたりしないので、好きに過ごしたらいいと思う。

 ただお前、勇者候補のアルフ君? 君だけはどっかに行って欲しい。ヒューズのことを威嚇するのもやめようね。

 男子は男子、女子は女子で集まってるっぽいから、勇者候補君よりめんどくさそうな、あの聖女候補がいないだけましか。

 ちなみにヒューズはあまり相手にしていない。

 もしかするとすでに格下判定しているのかもしれない。



 髭の校長先生や、生徒代表の先輩の話とかをぼんやり聞いていると、視界の端に動く新入生が映ったので、そちらに意識を向ける。

 なんか知らん奴がやってきて、俺と同じテーブルにいる爽やかそうな少年に、こそこそと耳打ちをしはじめた。俺の方を頻りに窺ってるとこを見ると、多分貴族の間の事情を知って注意しに来たってところなんだろうな。


 爽やか少年が俺の方をちらっと見てきたのでにっこり微笑んでやる。

 俺、危険人物違う。安全、安全。

 少年は、首を少しだけ動かして俺に挨拶をして、忠告をしに来た奴に小声で何かを答えた。


 てっきり立ち去るのかと思ったら、ここに残ることにしたらしい。

 忠告しに来た奴は俺の方を見て、見られていたことに気が付いて、人ごみに紛れるようにして逃げて行った。

 そんなことしてももう顔憶えたけどな。


 爽やか少年は寮で見たことないから貴族じゃない。

 なのに忠告をくれるようなやつが近くにいる上に、どこか余裕のある雰囲気を持っている。

 大きな商人の家の子とかかな?

 金持ちだと下手な下級貴族とかよりよほど力持ってたりするし。


 考察をしている間に、新入生代表の挨拶が始まる様だった。

 殿下はやはり俺からは見えないあたりにいたらしい。

 身長は俺とそう変わらない。


 歩いて出てくるその横顔は、以前よりも落ち着いて自信がありそうに見えた。

 どんな話をするのかと期待して待っていたのだが、その内容は特段変わったものではなかった。

 平等の精神とか、頑張るとか、まぁ、無難な内容だ。


 昔の殿下だったら、もっとオリジナリティあふれる挨拶くらいするかと思っていたけれど、周りに配慮する位には成長したってことなのかもしれないな。少し寂しいがそれも成長だろう。

 まぁ、つまり、俺を見つけて何かリアクションくらいしてくれるかなと、僅かながらに期待をしていたのだ。

 自意識過剰だな。

 人に知られでもしたらめちゃくちゃ恥ずかしい。


 殿下が壇上から降りると、続いて新任の教師の紹介が入る。

 これが終われば後はそれぞれ自由行動自由解散だ。


 流石にこの場で殿下にコンタクトを取りに行くわけにもいかないから、話すとしたら寮に戻ってからだな。殿下だって流石に今日からは入寮するはずだし。


「おい、ルーサー、あれ」

「なんです?」

「なんですじゃないだろ、ほら、あれ、クルーブさんじゃんか」


 そうなのだ。

 相変わらず童顔で、軽薄で、俺の魔法のもう一人の先生であるクルーブは、俺の入学と同時に学園の教師に就任する。

 ダンジョン学の教師だってさ。


 ダンジョン学って今まで座学がほとんどで、ダンジョンにほとんど入ったことのないような人がやってたんだってさ。最近ちょっとダンジョンの発生が増えてきたし、ここらで専門家をってことで、クルーブが採用されたわけだ。


「そうですね」

「知ってたのか? 教えろよ」

「少し前に本人から。驚かすから秘密でって、クルーブさんから言われたので」

「くそー……、驚いた……」


 クルーブの片手にはルドックス先生の杖。

 得意げにくるくるっと回しながら壇上へ上がり、中心に立つと、杖の先でとんと床を叩いた。

 自信たっぷりの表情は、ちょっとむかつくけれど、俺はクルーブにそれだけの実力があることを知っている。


「クルーブです。本職は探索者シーカーの魔法使い、どーぞよろしくね?」


 23歳男が小首をかしげると、主に女子たちの方から黄色い声が上がった。

 ちなみに男子の方からもちょっとだけ上がってる。よかったな、モテモテだぞクルーブ。

 本来ちゃんと挨拶をしなければいけないんだろうけれど、クルーブなんてこんなものだ。そもそも何かを期待する方が間違っている。


 杖の頭を天井の方へ向けたクルーブは、にっこり笑うと、誰が止める間もなく屋内で魔法をぶっ放す。


 パンッ、という破裂音がいくつか響き、高い天井に色とりどりの花が咲いた。

 

 それは、ルドックス先生が王誕祭の時に披露していた魔法だ。

 そして、亡くなってから一度も見られなかった魔法だった。


 そういうの、もっと広いところで、皆の見えるところでやれよな……。


「それじゃ、楽しくやっていきましょーぅ」


 その挨拶は、一拍置いてわっと盛り上がった会場の声にほとんどかき消されていたけれど、クルーブは満足そうに壇上を降りていく。

 そしてその途中で俺の姿を見つけると、ばちっとウィンクを送ってみせた。


「すごいな、この魔法。これも知ってたのか、ルーサー」

「……知りませんでした」


 くそう、普通にびっくりしたし、なんだかちょっと、ちょっとだけ、この魔法がまた見れて、嬉しくなってしまったじゃないか。 

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