第109話 魔法比べ
杖の先端をビタッと標的に向けたヒューズは、長い詠唱をした後に最後に一言魔法の名前を呟いた。
「
俺の知らない魔法の名前だった。
発生したのは小さなつむじ風。
ひゅるひゅると音を立てて地面にある塵を飲み込み、少しずつ背を高くしたそれは、やがて内側からちらちらと、気味の悪い赤い舌のようなものをいくつものぞかせた。
ヒューズの背の高さほどまで成長したつむじ風は、突如ぼうっと音を立ててその頭から炎を噴き出し、火の粉をまき散らしながら的へ向かって歩み出した。
訓練場がどよめき、魔法にすべての視線が集まる。
真剣な表情をしたヒューズが、たらりと額から汗を流し、俺の方を見てにっと笑った。
頼むからよそ見すんな危ないから!
俺の心の叫びが伝わったのか、ヒューズは頬を膨らましながらゆっくりと息を吐き、その魔法を徐々に収束させていく。動かし方といい、治め方といい、魔法を完全にコントロール下に置いていると見ていいだろう。
やがて魔法が全て収まったとき、ヒューズは大きく深呼吸をしてから得意げに俺たちの方へ戻ってきた。
「どーだ、ルーサー。びっくりしたか」
「素直に驚きました」
そんな長く詠唱してたら実践で使えねぇよとか、魔法の動きがゆっくり過ぎるとか、消耗が激しすぎるとか、まぁ色々と突っ込みどころはある。
それだって本気で驚いた。
間違いなく第六階梯魔法だ。
きちんと手順が示された第六階梯魔法は、やり方さえ掌握してしまえば使えないことはない。オリジナルとして開発した第一人者が一番すごいのだが、それにしたって今の魔法を使いこなすのにはかなりの魔法の腕が必要に思える。
第五階梯までの魔法の多くを修めた俺でも、じゃあやってくださいって言われたら説明されないとできる気がしない。
おそらくこんな感じって分かっていても、完全にコントロールできる自信がないから怖くて手が出せないって感じだけど。
第六階梯『
俺の知っている現象の名前を当てはめるなら火災旋風だ。
これ絶対皆殺し平原で使われた魔法だろ。
人に向けて使う魔法じゃねぇよ、やっぱあの女伯爵怖すぎる。
というか、教えるな、こんな危険な魔法。
……でもさ、逆に考えると、あの怖い女伯爵が、第六階梯魔法を教えてもいいくらい、ヒューズが真摯に魔法の訓練に取り組んだってことなんだろうな。
「そうだろそうだろ」
「はい、すごく頑張ったんですね……」
いやぁ……、感動した。
俺が真面目に魔法の訓練し続けたのと同じくらいに、ヒューズも頑張ってたんだな。
俺は中身が大人だからいいけどさ、最後にサヨナラしたとき、こいつちゃんと子供だったんだぞ。鼻たらしてるレベルの子供。それが数年でこれだけの魔法を使うようになってるって、めちゃくちゃ頑張っただろ。
お前、もっと得意な顔していいよ。
俺が感情を全身で表すタイプだったら、抱き着いてすげえすげえって言って背中叩いてやりたい。
「次はルーサーの番だぞ」
「……この後にやるんですか」
ちょっと気が進まない。
めちゃくちゃ派手な魔法がいくつか頭の中に浮かんでくるけど、訓練場でやるような事じゃないしなぁ。
というか、派手な魔法を使う対決じゃなかったじゃん。
俺はどちらかというと、早さとか正確さで勝負するタイプだし、張り合って妙なことをするのはあまりに大人げない。
でもなぁ、俺は俺で成長を見せてやりたいしな。
ヒューズって昔から、魔法に関して俺をライバル視してるところがあるから、俺があまりに不甲斐ないことしたらがっかりすると思うんだ。
いやまぁ、鼻をあかせてやりたいって気持ちももちろんあるんだけどね。
さて、何をやるかは決めた。
ゆっくりと歩きながら周りの様子を確認する。
何が起こるか見守っている者がちらほら。
俺が出てきた途端、目を逸らす者がちらほら。
いずれにしても、近くに待機している者はいない。
訓練場は結構広いから、生徒どうしきちんと距離をとって訓練している。
万が一事故とか起きると大変だからね。
俺の前には使われていない的が5つ。
歩きながらその位置と距離を確認すると、俺は杖を袖から滑り落として先端だけをのぞかせ、さっと腕を振るった。
使うのはマリヴェルやイレインと同じ、第三階梯の『氷結槍』。
瞬時に五つの的すべての中心を射抜いたつららは、ビキビキと音を立てて、的を覆いつくす巨大な氷へと姿を変えた。
「は?」
ヒューズの間抜けな声が聞こえた。
第三階梯詠唱破棄、五つの的に向けて同時に、正確に、威力を一定以上保ったまま
速射。
ルドックス先生が見てきたら、きっと穏やかに笑って褒めてくれたはずだ。
クルーブだったらもっと早くしろとか、的の確認をさりげなくやれとか言ってくるかもしれない。
はい、おしまい。すました顔して回れ右。
振り返ると、イレインが半目で俺の方を見ている。
なんだよ、ちょっとくらいかっこつけてもいいじゃん!
「僕もちゃんと成長してるでしょう?」
ヒューズに笑いかけると、一度きゅっと唇を結んだヒューズは、やがてジワリと顔に笑みを作って答えてくれた。
「……まぁ! そうだな、まぁまぁやるじゃんか!」
ちょっとだけ声震えてんぞ。
周りから見たらどうだろう。
全く知らない魔法を使ったヒューズの方が、もしかしたら怖がられて評価されるのかもしれない。
でも魔法をちゃんと学んでいるヒューズだからこそ、俺が今やったことの難易度の高さを理解してくれると思っていた。
案の定わかってくれてるみたいで俺は大満足だ。
安心しろ、ヒューズ。
お前の魔法のライバルは、離れている間もさぼってなんかなかったぞ。
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