第108話 魔法訓練場の正しい使い方

 お互いにバチバチ魔法を撃ちあうような訓練って基本的にできない。

 そりゃあ魔法の多くが、相手を殺傷するために放つのだから、危険すぎてできるわけがないのだ。

 しかしそれを可能にするのが、若きルドックス先生が開発した決闘用魔方陣だ。

 致命傷をスクロール一巻きにつき一度、自動的にガードしてくれるという、とんでも性能を持つこの魔法陣。

 発動前に互いの血を魔法陣に垂らす必要があるのだが、その効果はお墨付きである。ちなみにこの魔法陣の書き方は当然厳重に管理されていて、一応第六階梯魔法に分類されている。

 頂いた本を読み進めていくうちにわかったのだが、先生は、瞬間瞬間で使える魔法よりも、こうしたスクロールや魔法陣を利用した魔法の専門家であったようだ。


 普通の魔法に関しても超一流だったわけだけど。


 何が言いたかったかっていうと、魔法訓練場に赴いたからってお互いに魔法を撃ちあえるようなことはあまりないってことだ。

 マッツォ先輩は降参するまで魔法を撃ちあうなんて言っていたけれど、おそらくあれのためには何らかの申請をする必要があるはずだ。もしかするとそれもせずに、適当に魔法を披露して俺をいたぶるつもりだったのかもしれないけどね。

 なんかムカついてきたな、やっぱ耳引きちぎってもらうか?


 だからまぁ、魔法の勝負をすると言っても、一般的には的に向かって放つ魔法の披露会になる。威力や速度、正確さなんかはなんとなくそれで分かるから、芸術点をつけるみたいな感じになってる。

 

 きれてるよきれてるよー、魔法のスクランブル交差点かい! みたいな。

 

 まるで意味がないとは言わないけど実践的ではない。

 ダンジョンに潜って遠慮なくぶっ放す方が、よっぽど為になる。


 でもそれで魔法に憧れる気持ちもわかるから、無駄じゃないんだよな。

 俺、ルドックス先生の正確で無駄のない魔法が大好きだったし。

 クルーブの速射と合わせて、あの域のコントロール力を身に着けるのは一つの目標だ。

 何も使える魔法を増やすことだけが全てではない。

 使うことのできる魔法を実践で使える魔法にするのが大事だ。


 入学式が近づくにつれて、寮に人が増えたことから、訓練場にはこの間よりも人が増えている。

 新入生らしき姿もかなりあって、彼らは競うように魔法を放っていた。

 わざわざ訓練場に来るぐらいだから、魔法に自信があるんだろうな。

 光景としては、稚拙なその魔法を半笑いで眺めている先輩達までがセットになっているんだけど、得意げにへろへろ魔法を撃っている新入生達は気づいていないようだった。


 そんな過酷な環境の中、最初にマリヴェルが魔法を放つ。

 つららが飛び出していくその魔法は、周りと比べるとかなりしっかりとした軌道を描いて、それなりの速度で的をえぐった。突き刺さった場所から冷気があふれ出し的を氷が覆っていく。

 第三階梯魔法だ。コントロールが難しく、突き刺さっても相手を拘束するほどうまく氷が広がらないことがある。

 大したものだと思う一方で、周りから見るとかなり地味である。

 新入生なんかはこの魔法を知らないのか、まったく注目していなかった。驚いて目を見張っているのは、魔法を得意としているであろう先輩方だ。

 魔法を放った主を確認して、あんな在校生いたっけなと首をかしげている。

 新入生が第三階梯魔法を放っていると考えるより、在校生がと考えるのが自然だろう。マリヴェルは背が高いから余計に勘違いされてそう。


 うちに遊びに来ていたころから、たまに魔法を見せたり、クルーブと一緒に教えてあげたりしてたから、そのあとも自分で地道に訓練し続けたんだろう。マリヴェルの真面目さの成果がそこにあるような気がした。

 『魔法を使う時は真剣にやらなきゃだめだよー』というクルーブの気の抜けた声による教えを覚えているのか、マリヴェルはきゅっと表情が引き締まったまま戻ってくる。


 そして俺たちの近くへ来ると表情をほころばせる。


「うまく、できた……」

「驚きました。一緒にいない間も魔法の訓練をしていたんですね」

「うん、折角教えてもらったから……! 先生、つけてもらって」

「頑張りましたね」

「うん、うん……!」


 あー、癒される。

 今なら多少の悪口言われてもそよ風くらいにしか思わなそう。


「じゃ、次イレインな」


 ヒューズの促しに、イレインはあまり表情をゆがめずに目を細めて嫌そうな顔をする。長年付き合っていると、いやでも何を考えているかわかってくる。もう兄弟みたいなもんだな。


「……私はいつもルーサーに見せていたからいいです」

「俺は見てないけど」


 ちなみにヒューズが次にイレインを選んだ理由は、俺たちの中で魔法が苦手な順序がそれだったからだ。

 当時は魔法が苦手な順に、マリヴェル、イレイン、ローズ、殿下、ヒューズ、俺、という順番だった。

 

 多分イレイン、あまり魔法の才能がないんだよな。

 結構真面目に訓練してるけど。

 イレインに言わせてみれば、『お前の横で訓練をするとやる気がなくなる』だそうだ。そうはいっても毎日ちゃんとやっていたから、それなりの腕前になってるけど。


 小さくため息を吐いたイレインは、ぼそぼそっと魔法の詠唱をして、手早くマリヴェルと同じ魔法を放って戻ってきた。丁寧でない分氷の広がりが甘かったり、速度がちょっと足りなかったりしたけれど、その氷柱はきちんと的の真ん中を射抜いている。


「お前、真面目にやれよなー!」

「衆目で本気を出して、人から実力を測られたくありません」


 ヒューズの言いたいことも分かるし、イレインの言うことももっともだ。

 マリヴェルとは違って、イレインの王国での立場は俺以上に微妙だ。


 俺が攻撃対象になるくらいの身内だとするならば、イレインは攻撃対象になりえないくらいの腫物だ。その分安全ではあるが、この学園は気を抜いていられる場所ではない。


「仕方ねーなー……」


 仕方ないと言いつつどこか嬉しそうなヒューズは、腕をぐるぐる回しながら的の方へ歩いて行った。イレインにこれ以上注意してるより、自分の研鑽の成果を早く見せつけたかったんだろうな。

 俺より先に的へ向かうとは良い心がけじゃ、お前の数年間の成果、ここでとくと見せてもらおうじゃないか。

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