第107話 状況整理

 寮に来てからのことをかいつまんで話す。

 周りにこれだけ人のいる状態だと喋りづらくてしょうがない。

 だって明らかに聞き耳立ててるんだもの。


 これが敵意満々だったら場所を移すところだけど、マリヴェルのことを気に入っている人達らしいからめちゃくちゃめんどくさい。

 場所の移動なんかしたら、何をする気だと無駄な勘ぐられそうだ。


「僕としては先ほど遭遇した勇者と聖女、というのが気になるところですが、誰か何か知っています?」


 イレインに関しては殆んど俺と同じ情報ルートしか持っていないから、知らないだろうけど、他の二人はもしかしたらだ。

 情報を集めてそうなローズだったら間違いなく知ってるんだろうけどな。


「……勇者と聖女の、候補がいるって」


 ぽそっと小さな声でマリヴェルが言った。

 あ、知ってるのね。ゆっくりでいいからお兄さんに教えてね。

 あーそうだ、我が愛しき妹と弟は元気してるだろうか。敷地の外に出ていじめられるようなことがあったら、俺は絶対に加害者を許さない。


「確か……光臨教が決めてるんでしたっけ?」


 頭の中では別のことを考えながら問うと、マリヴェルはやや気合いの入った顔で頷いて答える。


「うん。何かに備えて、って」

「予言者でもいるんですかね」

「神様の、啓示? ボクも、よくわからない」


 神様の啓示って、どうせ嘘だろうけど、もし本当にそんなもんがいるんだとしたら、いったい俺やイレインには何を求めてるんだろう。

 方針を示してこない以上好きにやるしかないけど、意図にそれたことをした途端神罰とかだけはやめてほしい。


 それにしてもベルはボクっこかー。

 似合うけど貴族の令嬢としてはこれでいいんだろうか。


 そもそも俺と一緒にいることになにも文句言わない時点でだいぶ問題があるけど。

 スクイー侯爵閣下って、男の子供ばっかりで、孫も男だらけでただ一人の女の子がマリヴェルだったらしい。

 それはもう可愛がりまくりの連れまわしまくりで、目にいれてもいたくないってやつだ。逆に言うマリヴェルを悲しませたり、酷い目に合わせたりすると、もうまず間違いなくスクイー侯爵はぶちぎれる。

 優しそうな顔をしていたけど、王都全体のことや、そこから延びる道の管理を長年やっている人だ。

 持っている権益は馬鹿でかい。

 もちろんマリヴェルに酷いことする気なんてこれっぽっちもないんだけど、なんかの誤解があっただけでも大変なことになるのだ。


 周りの先輩たちがキャーって言ってるから、結果的にボクっこで良かったのかもしれない。

 ボクっこ、いいっすねー。

 俺、すごくいいと思いますよ、スクイー侯爵閣下。流石、先見の明がある。


 心の中でこっそり太鼓持ちをしておこう。

 ああ、そんなことより話し進めないとな。


「候補ってことはまだ決まっていないんですね。本人たちはその気でしたけど」

「多分……?」

「思い込みの激しそうなやつらだったからな」


 おー、ヒューズがまともな分析をしている。

 あれだけ酷いとみんな同じ感想を持つよな。

 あの寮から出てきたってことはの勇者君は平民だろ。

 イレインがユナって名前にも心当たりがなさそうだから、自称聖女の方も平民だ。


 仮に勇者や聖女じゃなかった場合が怖くないのだろうか。

 光臨教って後ろ盾がなくなったら、ただ貴族に無礼を働きまくった奴って結果になるわけだけど。もし光臨教がまともなところだとしたら、それくらいの教育施しそうなものだけどな。

 アウダス先輩と同い年のっていってたらあのエルって奴は頭が回りそうだった。今度会ったら勇者と聖女について詳しく聞いてみるのもいいかもな。


 それにしても、集団の会話になるとイレインはすぐ存在感を消して静かになるんだよな。普段から丁寧語とか女言葉ばっかり使ってると、そうなっていきそうで嫌なんだとか。

 俺はもう手遅れだと思うけど、なんか一生懸命あらがってるから、邪魔しないようにしてやってる。


 こればっかりは気持ちを理解してやってるかって言うと微妙だからなぁ。

 俺も姿かたちは変わったけれど、はっきり言って前世よりもグレードアップした見た目になっている。イレインだって美女には違いないけれど、性別が変わるとなると心中は複雑だろう。

 アイデンティティ保つのしんどそう。


 いっそ外面や言葉遣いが女であることは諦めればいいんだろうけど、こいつの中じゃ折り合いがつかないんだろうな。


 とりあえずその話以外にも出会った人のことなどを共有。

 たまに昔の話を交えているうちに、気付けば肌寒いくらいの時間になってきていた。

 学園では夜で歩くことは禁止されていないけれど、推奨はされていない。

 身分関係なく在籍する学園内で、夜に出歩いて万が一のことがあっては困るからだ。

 まぁあまり夜にうろついていると、よろしくない噂が流れて将来に影響するから、保護者の方で良く言い聞かせてくださいと言ったところか。

 逆に言えば平民側の生徒は割と夜になっても外をうろついたりしてるらしい。

 当然、その間にもしものことがあっても学園側は責任をとらないけど。


 厳しい寮監だったら注意くらいするのかもな。

 まぁ、これも一種自主性を重んじるというやつだろう。

 自分で考えて自分で決めて自分で責任を取る。


 貴族社会の荒波で生きていくことを考えれば、それくらいちゃんとしろって話だ。


「それじゃあ今日はこれで寮に戻ります」

「明日はどうする……?」


 上目づかいで尋ねてくるのはマリヴェルだ。

 今は座ってるからできるけど、立ってたらチョイ難しそうね。


「明日は魔法訓練場集合な! 今日行くつもりだったけどいけなかったから」

「うん、わかった」


 予定どうしようかなーって思ってたら、勝手にヒューズに決められてしまった。

 異論はないけどね。

 この間はマッツォ先輩に邪魔されてあまり訓練できなかったし、丁度いいかもしれない。


 席を立って去っていく間、マリヴェルが笑顔のままぶんぶんと手を振ってくれる。

 お姉様が方はそれを微笑ましいものを見る顔で眺めていたけれど、同時に窓やテラスから、白けた顔をしてそれを眺めている女生徒たちがいることにも俺は気づいていた。


 まぁ、そりゃあ一枚岩じゃないよな。

 イレインも適当に手を振りながらそちらを横目で気にしている。

 

 家族のために立派に貴族をやるつもりでいるけれど、権力闘争みたいなのって本当にめんどくさいよなぁ。

 どんなに誠実に働いていても、陰口叩いて失敗を喜ぶようなやつらはいるしさ。

 

 本気でバチバチやる前に、それがなんとなくわかるっていう点では、学園で過ごすっていうのは結構役立つのかもしれないな。 

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