第106話 マリヴェル見守り隊
翌日も、翌々日も、翌々翌日も、マリヴェルは何をするでもなくじーっと石階段に座っていた。
ここ数日で寮の前のテーブルセットを使う人が随分と増えた。なぜかエントランスでアリシアと共に予習をするご令嬢方も増えている。
彼女たちは本を読み、しゃべり、勉強する傍ら、時折じっと座っているマリヴェルの様子を横目で観察している。忠告通りもこもこの温かい服を着たまま座っているマリヴェルの姿は、事情を聴いてみればいじらしいとしか言いようのないものだった。
背が高いのに幼くも見え、かっこいいともかわいいともとれる顔立ち。ちょうどその不安定な感じが、年上ぶりたくてお世話したがりのお姉さま方の心の真ん中にずっぽりと突き刺さったらしい。
誰かの足音がしたときにぱっと表情が明るくなる。
そしてそれが目的の人物でなかったときにはしゅんと落ち込む。
わかりやすいその反応が自分に向けられたらとっても嬉しいのになと思うマリヴェル見守り隊である。
その第一人者であるアリシアは今日も夕暮れ時にマリヴェルに話しかける。
「明日にはテーブルセットがたくさん届くから、そちらを使うといいわ。……ほら、最近使う人が増えたから」
「……わかりました、ありがとうございます」
「良かったら学園内の案内もしてあげるのだけど……、どうせならお友達を待ちたいわね」
マリヴェルが少しだけ困った顔をしたのを見て、アリシアはすぐに前言を撤回する。プライドの高い貴族だったら先輩の申し出を断るなんて、と考える者もいるだろうが、ここにはそんなことを言いだす者はいない。
一途なその姿を微笑ましく眺めるばかりだ。
同時にここにいる令嬢たちは知っている。
セラーズ家の嫡男ルーサーには、小さなころからの許婚がいると。
マリヴェルの気持ちが友愛ならともかく、もし恋愛なら。そして、ルーサー=セラーズがもしそれを知っていて利用しようとしているなら。
彼女らは滅多なことで一致団結したりはしないが、この時この場にいる者はその点において同じ気持ちを持っていた。
もしそうならば、ルーサー=セラーズをマリヴェルから引きはがしてしまわなければならない。
そんな誓いがひそかに立てられているある日、マリヴェルの顔がぱーっと笑顔で彩られたことがあった。やって来たのはしゃんと背を伸ばした、少しきつい目つきの女の子。
銀色の波打った長い髪をして、そのやや鋭い瞳は綺麗な紫色をしている。
冷たそうに見えるその女の子、イレインは、前からやってくる背の高い生徒を見て、大きく目を見開いた。そうなるとイレインの表情からは険がとれてかわいらしいものになる。
もしかしてマリヴェルがいじめられるのではないかと、腰を浮かせてハラハラしていた先輩たちは、イレインの顔を見て一時待機することにした。
「ベル、ですよね?」
「うん、うん」
二人が向き合うと、イレインがマリヴェルを見上げるようになる。
「大きくなりましたね。それに、目元も出すようにしたんですか」
「この方がいいって」
「似合ってます、すごくかわいいです」
「イレインは、相変わらず綺麗」
「ん、んっ、はい、ありがとうございます」
他の令嬢たちと同じく、イレインの照れたような返事に一瞬気を緩めたアリシアだったが、その名前がウォーレン王国の王女のものであると認識すると、それを引き締め直す。
二人の間では、ルーサーを巡っての熾烈な争いが繰り広げられる可能性があるのだ。
「ルーサーは……?」
「男子寮へ。まずは荷物を置いて、落ち着いたらこちらにも一度顔を出すと言っていました」
「そっか……」
どうやらルーサーとイレインが一緒に来たらしいとわかったアリシアは、むむむと静かにうなった。どうやら許婚同士仲が悪いということはないらしい。
しかし彼女にとって不思議なことは、マリヴェルがこんなにあからさまにルーサーのことを気にかけているのに、イレインがそれをまるで気にした様子がないことだ。
普通ならば許婚として牽制の一つでもしそうなものだ。
本人たちからしたら、気持ち悪いことを言わないでくれで済む話なのだけれど、外から見ればそうではない。
「待っていればそのうち来るわ。ルーサーもあなたたちに会いたがってたから」
「うん、楽しみ」
とにかく、この二人の間だけならば、特に問題ごとはないらしい。
そう判断したアリシアとその他大勢は、ルーサーがやってくるまでは静かに二人を見守ることにしたのだった。
その翌日からも、マリヴェルは寮の前でルーサーを待ち続けた。
本当は学園の探索や、情報収集をしたいと思っていたイレインも、放っておくのが忍びなくてそれに付き合う。
どうせ次の日くらいには来るのだろうと思って待っていたイレインだが、ルーサーはなかなか姿を現さない。
気にせず待ち続けるマリヴェル。
それを見て焦れてくるイレイン。
イレインよりもよっぽどじれまくっている外野のアリシア他令嬢達。
そんな環境へ、ようやく姿を現したのがルーサーだったというわけだ。
最初の一言を間違えていたら、どうなっていたのか。
おそらくルーサーが想像している以上にやばいことになっていたけれど、それは知らぬが仏という奴である。
一先ずマリヴェルをたぶらかして何か悪さをしようとしているわけではないと判断されたルーサーだったが、マリヴェル見守り隊による監視は、おそらくこれからも続くことだろう。
ルーサーのある意味気の抜けない関係が、ひっそりと、新たに誕生していたのであった。
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