第102話 当たり前のこと
「なんかさぁ、嫌な感じだよな」
ヒューズが何を言わんとしようとしているかはわかる。
『なんのことですか?』と誤魔化すこともできたけれど、それをする気にはならなかった。
「まぁ、予想はしてましたけど……嫌な感じですよね」
「だよなぁ……。俺はさ、伯母上に好きにやっていいって言われてるんだ。だから好きなようにする」
こいつ意外と度胸あるな……、あの人のこと伯母上って呼べるのか。
なんて、別のこと考えて誤魔化したけど、ヒューズの言葉は俺の心に結構ぶっすり突き刺さっていた。
なんだよ。別れ際からこいつがすっげえ俺のこと気にしてくれてたのは知ってたけど、こんだけ間空けてもそれ変わらないんだな。
「そっか。……これからもよろしく、ヒューズ」
「うん、とりあえず魔法訓練場行こうぜ。場所分かる?」
結構しっかり心を込めてしたはずの返事は、ヒューズにあっさり流された。
ほんの少し恥ずかしいけれど、多分これは俺とヒューズの差なんだろうな。俺がよろしくっていうことくらい、ヒューズにとっては当然のことだったってわけだ。
俺の方が今まで薄情過ぎただけってこと。
甘んじて受け入れようじゃないか、この恥ずかしさ。
「実は丁度昨日、そこでやらかしたんですよ。だからまた今度にしましょう」
「やらかした? ルーサーが?」
「はい、ちょっと喧嘩しまして」
「喧嘩? 当然勝ったんだろ?」
信頼はありがたいけど、俺たち新入生だぜ。
先輩と喧嘩したら負けることだって想定してほしいものだ。
勝ったけどな。
「まさか、負けたのか?」
俺の返事が遅いことを心配してか、表情を曇らせたヒューズが顔を覗いてくる。
「勝ちましたよ。でも喧嘩したことでアウダス先輩に注意を受けてるんです」
「わかった、やめとこう」
アウダス先輩、便利に使ってすみません。
でも嘘はついてないからね。
「でも、そしたらどうするかな。……あ、イレインに会いに行こう」
「女子寮ですか? そっちは僕も行ったことがないんですよね」
てっきり学園内をくまなく探索すると思ってたから意外だった。
「久しぶりなんだから会いたいだろ。あー、でも多分ローズはいないだろうな。あいつの家、付き合いで忙しいらしいし」
「……もしかしてヒューズって貴族間の付き合いに結構詳しかったりします?」
「いや、全然知らない。お前たちの家のことだけなんとなく聞いて覚えてた。伯母上もそれでいいって言ってたからな。気に食わないやつは叩きのめせって言われた」
「……あ、そうですか」
もしかしてローズがいなくても、色んな細かい情報引き出せるんじゃないかなーって思ったけど、案の定駄目だった。
というか駄目具合が俺の想定を越していた。
気に食わないやつは叩きのめせの部分で、俺は何か注意をしてやった方がいいじゃないかって老婆心を覚えたのだが、自分も似たようなことを考え、実際にやってしまっていたことを思い出し、留まることに成功した。
というか、オートン伯爵、本当に教育に悪い人だ。
なんなら初対面でヒューズが俺に勝負を挑んできたのも、オートン伯爵にけしかけられたからだって今は知っている。そうじゃなきゃこんな小型犬みたいな性格したヒューズが、あんな形で勝負を挑めるはずがない。
しかしまぁ、あの伯爵がそうしてこいというくらいには、ヒューズも成長しているってことなんだろう。
さっきちらっと見えた手のひらにはちゃんと剣ダコができていた。
「それじゃ、イレインの様子でも見に行きましょう。実は学園に来てからまだ一度も会ってないんですよね」
「うわぁ、薄情だな……」
「そうですか?」
「イレインはルーサーの許婚だろ。毎日会いにいけよ」
俺達、子供だけで遊ぶときもそれなりに仲良くやっていたから、ちゃんと許婚としての関係が保たれてると思われてんだよな。
それにしたって毎日は会わないだろうと思うけど。
「ルーサーは俺が来たからいいけど、イレインは一人ぼっちで過ごしてたかもしれないんだぞ。不安に思ってたらかわいそうだろ」
「……ヒューズって、結構いい男ですよね」
「なんだそれ?」
ぶっきらぼうでちょっと気弱で、でも女性には優しいタイプか。
意外と女の子にもてそう。
一方で俺は、丁寧語系、何考えてるかよくわからない悪役ポジションに納まってる気がする。せめて言葉遣いだけでも穏やかにして印象を良くしようという作戦だったが、これが功を奏しているかどうかは疑問が残る。
つーか、どんな態度してたって、多分悪役は悪役だから関係ないけど。
さて、貴族の女子寮へ着くと、その前にはテーブルセットがいくつも用意されている。
建物自体は男子寮とさほど変わらないのに、華が飾られてたり、色とりどりのパラソルが用意されていたりと、なんだか随分と豪華に見える。
パッと見ただけでもQOLが段違いだ。
なんだかいい匂いまで漂ってきている。
今日の天気は悪くないので、寮の前にはそれなりに女性がたくさんいる。
それらからたまにチラリと視線を向けられるのは、正直言って、結構なプレッシャーだった。
お化粧ばっちりな先輩も多いんだよ。
俺の中にはいまだにちょっとだけ、ほんのちょっとだけだけど、化粧ばっちりな女性に対する苦手意識がこびりついてる。
命を落とす原因になったんだからしょうがないけどさ。
そんな集団の中に、俺はイレインの姿を見つけることができた。
あちらも気づいたようで、椅子を引いて立ち上がると、こちらに向けて歩いてくる。
すぐ後ろにぴったりと、背の高い、ちょっと幼い顔立ちの栗色の髪のイケメンをくっつけて。
誰だあいつ? 浮気か?
いや、別に彼氏ができたんならそれでいいんだけど。
突然の知らん奴の登場に俺は混乱したままイレインと合流することになった。
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