第103話 君の名は
偉く距離が近い。
ほぼぴったり真後ろって距離感だ。
イレインもその距離感に対して違和感はないらしく、よほど仲がいいことが分かった。
あともう一つ、よく見たらこいつスカート履いてるぞ。
……なんか昔も一度、性別間違えたことあったな、まさかな。
「もう少し早く来るのだと思ってました」
ツンとした言い方をしたイレインに、うるせぇお前の方から訪ねてこいって気持ちもちょっとあったけど、周囲にたくさんの目がある以上そういうわけにもいかないだろう。
「そのつもりだったんですが、色々と面倒ごとがあったので。そちらは問題ごとありませんか?」
「思っていたより穏やかですね」
イレインはそう言ってから、さらに距離を詰めてきて続ける。
「下手にわたしに手を出すと国際問題になるので。……ルーサーにばかり矛先が向いてしまうことは申し訳ありませんが」
「別に構いませんよ、それも役割でしょう」
普通に話を続けているんだけど、後ろに引っ付いているのの視線が痛い。ずっと俺に突き刺さっている。
わかったよ、わかった。外れたらごめんだけど、一応俺から確認しておこう。こういうのは最初が肝心だしな。
「……ベル、随分背が高くなりましたね」
「ルーサー……!」
ぱーっと明るい表情になって表情が柔らかくなると、ああ、女の子だってはっきりと分かった。
何度も見た顔、マリヴェルだわ、これ。
「もしかしてイレインのこと守ってくれてたんですか?」
うんうんと何度も頷くマリヴェルは、不覚にもかわいらしい。
ああ、成長はしてるけど、中身は変わってないんだなぁ、この子も。
でもさぁ、俺より10㎝以上背が高いんだけど。
すすすっとイレインの後ろから移動してきたマリヴェルは、ぴとっと俺の左側にくっついた。うん、むふーって満足そうに息はいてるけどね、真横に来ると身長の差が余計に目立って俺はちょっと悲しいよ。
そうかぁ、俺、マリヴェルより小さいのかぁ。
……いや待てよ、今この中で一番背が高いのマリヴェルだな。こいつヒューズよりも背が高いぞ。
ヒューズも悔しがってるだろうなぁ。
そう思って右側を見ると、意外なことに平然とした顔をしていた。
ヒューズのくせに生意気だな。
「驚かないんですか? ベルがこんなに背が高くなっていて」
「ん? ああ、俺は何度か会ってるからな。にょきにょき背が伸びたから、最初は悔しかったけど、もう慣れた。あと数年したら俺の方が背が高くなるし」
高くなるのは確定事項らしい。
いやぁ、でもマリヴェル170㎝以上あるぞ、これ。
改めてよく見て見ると、足がすらっと長くて、めちゃくちゃスタイルがいい。
まぁ、中身はマリヴェルだから、俺がじっと見てるとてれてれと顔を逸らしたりしてるんだけど。
女子にもてそうだなぁ。
ただちょっと心配だ。
中身はあまり変わっていないようにみえるし、俺の目の届かないところとかでいじめられたりしたらどうしよう。
色々事情が分かってないかもしれないし、説明してやった方がいいんだろうか。
あんまり近づかないほうが安全かもしれないぞとか、それくらいのことは……。
俺が悩んでいると、照れて顔を逸らしていたはずのマリヴェルが、いつの間にかこちらを見つめ返していた。
「ルーサー……」
女の子にして少しだけ低いけれど、静かな落ち着く声だ。本人の性質もあってそう聞こえるのかもな。
「どうしました」
「……ずっと会いたかった。また一緒に遊べるね」
ああ、そうか、うん、危なかった。
いっぱい喋るようになったな、とか、首傾げてかわいらしいなとか、そんな感想もあったけど、それよりも先にそんな言葉が頭をよぎった。
逃げ腰になって、マリヴェルに酷いことを言うところだったと、気付くことができた。
『ずっと会いたかった』って、こんな笑顔で言ってくれる奴に俺は、『あまり近づかないほうがいいぞ』って言う気だったんだ。そう言ってしまったときのマリヴェルの表情を想像して、俺は勝手に胸を痛めていた。
あぶねぇ……。
「僕も、会いたかったです。また一緒に楽しく過ごしましょう」
「……! 一緒にお茶!」
浮かれた様子で俺の手を握ったマリヴェルは、自分たちが座っていたテーブルセットの方へ歩き出す。
いや、何でも聞いてやりたいし、お誘いはめちゃくちゃうれしいんだけど、やばくない?
女子寮の住人の顔が怖い。
マリヴェルが俺の横に並んだ辺りから、ぴしぴしと冷たい視線が突き刺さっていることに気づいていたが、手を取られた瞬間にそれが一気に増加した。
正直、男子寮で俺の陰口を言ってるやつらから浴びるものより、よほど数が多くて質も高い。個人的で粘着質な、身の危険を感じるほどの怒りみたいな何かを、めちゃくちゃに感じる。
俺は足をその場に固定して微笑んで見せる。
その顔が引きつっている自覚はちょっとあった。
「ベル、止まってください、ベル」
「ん?」
「女子寮の前ですし、お邪魔しては悪いですから」
「……大丈夫、だと思う。皆優しいし……」
ベル、優しいのはね、君にだけだよ、多分。
多分ね、君、女子寮のお姉様たちのアイドルになってる。
俺、視線だけで殺されそう。
つーか、なんで断ろうとしたらさらに怒りの度合いが上がるんだよ。
なに? 断るなってこと?
あとヒューズは俺の真後ろに並んで気配を消すのやめろ。
俺だってそうしたいんだよ。
断るなよ、絶対に断るなよ、断って悲しい顔をさせたらわかっているな、という言葉にならない威圧をめちゃくちゃ感じる。
さっき余計なことを言ってマリヴェルを悲しませなかったのは、めちゃくちゃなファインプレイだったのかもしれない。
「なら、ちょっとだけ……」
「うん!」
あー、マリヴェルは昔から変わらないねぇ。
変わったのは周りからの目だ。
目隠れの時は見向きもされてなかったのに、どうしてこんなことになってしまったんだか。
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たまにはおねだりを……っ
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