第97話 愛国心と優等生?
訓練場から離れて、無言のまま寮へ向かう。
元からよく話す方ではないし、怒気を感じる動きもしていないから、怒っているわけではないのだと思う。
この状況で俺の方から色々と話しかけるのもなんだか違う気がして、俺は黙って先輩の横を歩いていた。いつもそんなに話すわけじゃないから、そこまで違和感ないんだけどね。
階段を上がって4階の廊下に着いたところでアウダス先輩はようやく振り返った。
まっすぐな廊下は奥まで見通せるし、角の先までは声が聞こえない。
「学園において喧嘩は両成敗だ。不満があるならば訴え出るといい。そのための寮監だ」
「……訓練、とかはどうです?」
訓練場で起こった事態だし、そもそもマッツォのやつは手合わせをしろとか言ってきてた。それくらいは許されているはずだ。
「互いに納得してならば手合わせして構わんが、その場合は寮監か教師の承認がいる」
「……最初に手合わせをしようと言ってきたのはあちらですけどね」
「おおかた、新入生だから規則を知らないだろうと吹っ掛けてきたのだろうな。それで受けたのか?」
「いいえ、断りました」
「怪我をした形跡があったが」
「……転んだと言ってましたけど?」
マッツォ君がそう言ってましたー。
「周りにいた者に聞き取りをしても良いが」
「すみません、ちょっと魔法を撃ちました」
アウダス先輩に凄まれたら、いや、本人はただの聞き取りのつもりだろうけれど、とにかくそれをされたら、多くの人はげろげろっと真実を口からこぼしそうだ。
「お前は俺と違って柔らかな顔立ちをしているが、随分と気が短いのか?」
「いえ、どちらかといえば温厚な性格をしているつもりです」
いや、本当に自分のことに関してなんか言われても、大抵のことは笑って済ませられるんだけどね。
先輩は一応怖い顔してる自覚はあるんだね。
後俺はやっぱり温厚そうに見えるのか。いつも笑顔で丁寧語を心掛けている成果が出てるな。
「新入生が絡まれていると聞いて見に行ったのだがな」
「それ正しい情報です」
「俺にはお前が奴に脅しをかけているように見えたが」
「やや語弊がありますね」
その大きな体で腕を組まれると圧迫感あるなぁ。
大きなため息をつき、一言。
「何を言われたんだ」
「話を聞いてくれるんですか?」
アウダス先輩は寮監なわけだから、てっきり怒られるかと思っていた。
よくできた性格の人だなぁ。顔は全然違うけどサフサール君を彷彿とさせる。
……元気かな、サフサール君。
もし学園にいたら、アウダス先輩より1学年上か。
きっと立派になってるんだろうな。
一緒に学園に通いたかった。
「結果がどうあれ、年上の者が集団で新入生を囲んでいたのは事実だ。俺について回って面倒ごとを避けているお前が、わざわざもめ事を起こしに行くとは思えん」
「……既に亡くなっている恩人を馬鹿にされたんですよ」
思い出しただけでちょっと腹が立ってきた。
アウダス先輩が悪いわけじゃないのに、吐き捨てるような言い方になってしまう。
立場上どうしたらいいのかわからなかったから引いたけれど、あれぐらいで溜飲が下がるというわけでもない。
「卑怯だと思いませんか? ルドックス先生は偉大な魔法使いでした。僕が至らないことはともかく、先生のことを馬鹿にするのは許せません」
「……なんと馬鹿な」
少し震えた低い声。
多分これは俺に向けての言葉ではない。
アウダス先輩はいつにもまして恐ろしい形相で、訓練場のある方を睨んでいた。
「今の話は誓って本当か?」
「本当です、こんな嘘つきませんよ」
アウダス先輩めっちゃ怖い顔してる。
「奴は『賢者』様の功績を知らないのか。戦場では幾隻もの敵船を沈め、大雨が続けば川の流れを変え、王都の重犯罪を三分の一まで減らした、あの『賢者』様を馬鹿にした? 学園で教える魔法の基礎を刷新された方だぞ? いったいどれだけの魔法使いが『賢者』様を慕っていると思っているのだ。陛下の御前で唾を吐くに等しい愚行だ……。……なぜもっと完膚なきまでに叩きのめさなかった」
何? いまなんて言ったの?
なんで叩きのめさなかったって言った?
この人寮監だよね?
「先輩、あの、さっきと言っていることが違いますよ」
「俺が今から話しをしてくる」
冷静に話をしてくる顔じゃないんだよ!
拳は固く握られているし、眉と目がくっつきそうなくらい近寄っている。
多分この人、真面目で愛国心が高いだけに、そこから外れた行為にめちゃくちゃ厳しいんだ。考える余地がある事態ならばともかく、今回のマッツォの行動と発言は、その余地が全くない。
ノータイムでぶちぎれたというわけだ。
とか冷静に考えているわけではない。
このまま行かせたら何をするかわからないような形相をしている。
「先輩、やりましたから、僕、耳の一部ふっとばしておきましたから」
「卑怯者に耳などいらん。両方ちぎってくる」
うおー、この人、結構やばいじゃん!
なんで今までトラブル起こしてこなかったんだ?
最悪マッツォの耳ちぎるのはいいけど、頼りになる先輩がいなくなるのは困る!
というか怖い、冷静になると耳ちぎるとかめっちゃ怖い。
一部を吹っ飛ばしたのはまだピアス感覚で誤魔化せ……誤魔化せはしないけどさ!
でもちぎるのはもう次元を超えて蛮族のやることなんだよ!
「どうどう、先輩、僕はもう怒ってないですから、落ち着いてください。マッツォとかいう先輩も謝ってました、自分が間違っていたと認めさせましたから」
階段の前で手を広げてゆく手を塞ぐ。
顔を真っ赤にした暴走機関車みたいな先輩は、流石に俺を突き飛ばすわけにもいかず、行き場のない怒りを貯めこんだ。
ええと、どうする、こういう人にはなんていえばいいんだ。
「そ、それに、今先輩が行ったら、まるで僕が先輩に泣きついたみたいでかっこ悪いじゃないですか! やめてください」
「…………ふー。…………そうだな、今のところは止めておこう」
あ、ちょっと収まった。
こええ、なんで今まで問題起こしてこなかったんだ、この人。
それにしても怖い顔だなぁ、人間の頭とか片手で持って握りつぶしそう。
「マッツォ……、確かフルベルク家の嫡男だな……?」
あ、この人生徒に結構詳しい。
真面目だもんなぁ。
俺分かったよ。
多分みんなアウダス先輩が怖いから、この人の前では悪いことしたり、妙なこと言ったりしないんだ。
だから今までトラブルになってなかっただけだ。絶対そうだ。
マッツォ、お前ちょっと怖い人に目をつけられたかもしれないけど、俺のせいではないから恨まないでくれよな。
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