第98話 4階の平均値
「なにしてるの、邪魔だけど」
学生服を着崩した、褐色肌のたれ目。
先日屋上で見かけて、名前を教えてくれなかった先輩だ。
身長的に先輩だよな?
「すみません、どきます」
「……へぇ、アウダスと仲良くなったんだ、ふーん」
こっちはこっちで俺のこと知ってるんだよな。
初対面で気づくぐらいだからどこかで出会っているはずなんだけど。
俺が公の場に出たのって、王誕祭の時ぐらいだ。一方的に観察されている可能性もあるよな。
「……まぁ、僕が一方的についてまわってるだけですが」
「この怖い顔についてまわれるだけで、それなりじゃない?」
怖いもの知らずだな、この先輩。
アウダス先輩いつもの5割り増しぐらいで怖い顔しているのに。
「……先輩は、なぜ僕の顔を知っているんですか?」
「知らないよ。ただ外見的特徴を聞いていただけ。それとある程度一致していて、私が顔を知らなくて、4階に部屋を割り当てられた新入生、これだけ条件が揃えば、君がルーサー=セラーズだってことはわかるさ」
「「なるほど……」」
アウダス先輩と同じ反応をしてしまった。
エキゾチックな王子様顔してるくせに、まるで名探偵みたいな先輩である。
「私はここから東へずっと行ったところにある、スルト帝国の末の皇子、メフト=スルトだ」
マジで皇子様だった。
でも俺の知る限りスルト帝国は、後継者争いがめちゃくちゃ激しい国だ。
それで一時的に国が小さくなることはよくあるけれど、基本的に優秀なものが後を継ぐから、最終的には勢力を盛り返す。さらに東にいる国と激しい領土合戦をしているので、プロネウス王国とは比較的友好的な関係を築いている。
少なくとも今のところは。
結構裏切りとか激しいから怖いんだよな。
ただ、若い皇帝が帝位についた後は、ものすごい勢いで版図を広げたりするから、下手に敵対するのもめんどくさいのだ。
王国は、いやおそらくほかの周辺国も、できれば内紛でめちゃくちゃ弱って勝手に滅びてくれたらいいのになぁって思ってる。
でも何で今日は名前教えてくれる気になったんだ?
「この間は教えてくれなかったですよね」
「君がどんな人物かわからなかったからね。下手に付き合いをもってめんどくさいことになるのが嫌だった」
「ではなぜ今日は?」
「そこの怖い顔をしている奴が、並外れた堅物であると知っているからだ。君が信じるに値しない人物だとしても、アウダスに関してはそれなりに信をおける」
「ありがとうございます」
やや不満そうな顔をしながらアウダス先輩が礼を言った。
おそらくアウダス先輩よりもさらに年上なんだろう。
「もちろん、勝手に私の名前を出されては困るけれど、そんなことはしないだろうと信じているよ」
メフト先輩はゆっくり優雅に歩み、片腕を上げて挨拶をして、振り返らずに去っていった。
気障な奴だなぁ。でもまぁ、王子様だし似合ってるけど。
「アウダス先輩、4階って変な人が多いですか?」
「答えづらい」
アウダス先輩はこの階ではかなり身分が低い方だ。というか、伯爵家の嫡男である俺よりも身分が高い人も結構いそうだ。早速皇子様だったわけだし。
……ああ、もしかして殿下もこの階に来るのだろうか。
だとしたら少し楽しみだ。
「今日は部屋へ戻ります。先輩も、マッツォ先輩探しとかしないでくださいね」
「そんなくだらないことはしない」
言葉にしたことを破るタイプではなさそうだから、今日のところはマッツォの命も長らえそうだ。
あとは遭遇しないように怯えて暮らすといいだろう。
いや、マッツォ自身は、アウダス先輩がばちぎれているのを知らないから、避けようもないか。
とにかく今日は休もう。
明日こそ女子寮にでも顔を出して、イレインやローズと会っておきたいところだ。
……まぁ、その二人に会うならマリヴェルの顔も見ておきたいところだけど、他の二人と違って、俺と仲良くしたせいでいじめられたりしそうなんだよな、ベルは。
ちょっと変わってるけどいい子だし、迷惑はかけたくない。
どうしたもんかな。
翌朝、日が昇った頃に目を覚ました俺は、ちゃんと身支度をしてしっかりと目を覚ましてから1階へ食事をとりに行く。
アウダス先輩と合流して、ほぼ会話がないまま食事を終えると、一度4階へ戻る。
「今日は別行動します」
「問題を起こさないように気をつけろ」
昨日の今日なので大丈夫ですよと胸を張りづらい。
「僕は起こしていません、あちらからやってくるんです」
「降りかかり火の粉は払うしかないが、流血沙汰はできるだけ控えろ」
「できるだけですね、はい、できるだけ」
昨日のような事態になってまで黙っていろと言うわけではないらしい。
流石先輩、話が分かる。
「先輩こそ、人の耳をちぎったりしてはダメですよ」
「あれはものの例えだ」
「では今日仮にマッツォ先輩に出会ったらどうするんです?」
「昨日のことを問いただし、必要に応じて対処する」
僅かに怒気が膨れ上がったのがわかる。
怒ってるじゃん、ちぎりそうじゃん、まだ。
「……ああ、言い忘れていました」
「なんだ」
そうだ、忘れる前に伝えておかなければいけない。
自分の気持ちを言葉にすることは大切だ。
「昨日、ルドックス先生のために怒ってもらえて、とても嬉しかったです」
「当然だ、感謝されることではない」
ぶっきらぼうに答えた先輩は、そのまま自室のドアを開けて中へ引っ込んでいった。
俺、こういうわかりやすい不器用な人好きだなぁ。
自室へ戻り、身支度を整える。そうして外へ出ようとドアを少しだけ開けたところで、廊下を一人の少年が歩いているのが目に入った。
新品の制服を着て、両手に荷物をもっている。
ありゃ新入生だな。
割と鋭い目つきをしていて、やけに気を張っている。
初日の俺は、アウダス先輩やメフト先輩からはあんな風に見えていたのかもしれないな。そりゃあ注意されたりするわけだわ。
様子を観察していると、自分の部屋を探すためにきょろきょろとしている少年とばっちり目が合ってしまった。
……なんかまっすぐこっち向かってくるぞ。
走るな、廊下を走るな。
「お! ルーサー!」
声出すな、大声出すな。
誰だかわかったぞこいつ。
近くへ来ると、廊下に荷物を放り出して、勝手に俺の部屋の扉を開ける。
正面から向き合うと、目線が俺よりも高いことがわかる。体もちょっとがっちりしてるな。
俺、成長期がちょっと遅いのかもしれない。
「……よし、俺の方が背が高い!」
「……良かったですね、ヒューズ。久々の挨拶がそれですか」
俺の仲間の一人、よく吠える子犬ことヒューズ=オートンは、鋭い目つきを細めながらにっかりと笑った。
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