第94話 貴族と取り巻き

 それはエルという如何にも裏がありますよって先輩と出会ってから数日たったある日。


 アウダス先輩に魔法の訓練ができる場所を聞いて、俺はこそこそしながら訓練場へ向かっていた。

 自室で自主練はしているけれど、やはり実践をしないと感覚が鈍る。

 衆人の下すべてを出し切るわけじゃないけどさ。


 訓練場の場所を聞いた俺に、色々と言いたそうな顔をしながらも「そうか」の一言で場所を教えて送り出してくれたのはアウダス先輩に感謝。


 で、いざ訓練場にたどり着いてみると、なんか集団がいくつかできていて、仲良く魔法の訓練をしているんだよな。

 いちゃつきながらやってるので、シンプルにちょっとだけイラっとしたけど、いくら俺だってそんなことでトラブルを起こすような馬鹿ではない。

 見たところ15歳くらいだもんなぁ。

 ちょうど女の子とのイチャイチャを見せつけたい時期だろう。

 しゃーないしゃーない。


 訓練場の端っこを通って的がある場所へ向かっていると、集団の中にいる女性の一人が、俺の方を見て小さく手を振ってきた。

 なんだ、美人局か?

 そうじゃない可能性もほんの少しだけあるので、俺は軽く頭を下げるだけの会釈をして通り過ぎる。


 的までたどり着いて基礎的な礫弾を続けざまに放つ。

 まっすぐ、想定通りの速度で。

 あるいは、曲げたり、前の礫弾に隠してもう一つ礫弾を放ってみたり。

 まぁ、本当に準備運動みたいなものだ。


 そういえば俺は、学園に来てからはクルーブに貰った杖を使っている。

 無理やり奪い取ったわけではなく、クルーブが新調したから譲ってもらったのだ。


 普段は剣を加工して杖として使ってるから、これは俺にとっても予備になる。

 

 帯剣が許可制なのに、杖は自由でいいよっていうのはどういうことなんだろう。

 今一つ納得できていないけど、ルールとして決まっているので渋々従っている。


 それにしてもこの短い杖使いやすいんだよなぁ。

 杖によってめちゃくちゃ性能が変わるってわけじゃないんだけど、やっぱり多少は魔法の扱いやすさが変わってくる。

 クルーブの杖は、小さい形にできる限りの勝手の良さが詰め込まれた良い杖だ。


 さて、準備運動は終わったから次はどうしよう。

 そう考えていると、わざわざ離れてやったはずの男女の集団が俺の方へ近づいてくるのが見えた。





 変な時期に学園の寮に残っている貴族は、大概みそっかすか、何かしらの事情があるものだ。

 その日魔法訓練場にできていたのは、いわゆる事情がある方の貴族を中心に、みそっかすと平民が集まっている集団だった。

 その貴族の息子は、帰省しようという時期に、突然手紙で忙しいから帰ってくるなと言われたのだ。

 理由もろくに書かれていない突き放すような内容の手紙。

 不安や不満を抱えるのは当然だった。


 彼はそれを紛らわすために、自分がちやほやされる、この魔法訓練場へやってきていた。

 頭を下げられるのは気分がいい。

 多少雑に扱ったところで注意する者もいない。


 しばし王様のような気分を味わいながら訓練場で過ごしていた男は、ふと取り巻きのうちの一人である、なかなかかわいらしいと目をつけていた少女が、何者かに手を振っていることに気がついた。


 いい気分だったのに気に食わない。


「なんだ?」


 唐突な要領を得ない質問だった。

 しかし急降下したことだけは取り巻きにもわかる。


 集団はぴたりと静かになって、それぞれが自分に対して発せられた言葉でないことを祈る。


「今のは何だと聞いている」


 明確に目が合った少女は、尋ねられていることに心当たりがあった。

 少年が一人、自分たちの様子を窺いながらそーっと歩いているのが可愛らしくて、先ほどちょっとだけ手を振ってしまったのだ。

 まさか見とがめられるとは思っていなかったので、一度目の問いかけで答えることができなかった。


 少女は平民出身の魔法使いだ。

 問いかけの主は、彼女を推薦してくれた貴族の嫡男だった。

 絶対に逆らうわけにはいかない相手だ。


「小さい子が、こっちを気にしていたので手を……」

「どいつだ」

「あ、あの、マッツォ様、彼はその、きっとこちらに混ざりたかったのだと思います! マッツォ様の魔法の腕は有名ですので……」


 自分が手を振ったせいで、それで機嫌を損ねたせいで、少年が嫌な目にあわされてはと思いとりなそうとした少女だったが、子爵家の嫡男であるマッツォから向けられた冷たい視線に口をつぐんだ。


「どいつだ、と聞いているのがわからないのか? 私に、また同じ質問をさせたな?」

「も、申し訳ございません……」


 少女の泳いだ視線が、ルーサーの姿を映す。

 その視線は、マッツォに対象を悟らせるのには十分なヒントになってしまっていた。


「……あれは、セラーズ家の息子だな。なるほど、面白いことを思いついた」


 マッツォは知っている。

 セラーズ家の嫡男が『神童』と呼ばれて調子に乗り、王太子と交流を持っていたことを。

 そして魔法が得意であるということを。


 マッツォの魔法の成績は優秀だ。

 上から指折り数えればすぐに名前が挙がるくらいである。


 マッツォの実家の領土は、ウォーレン王国と接している。

 余計な出費、余計な悩み、それらが今回の帰ってくるなという手紙の原因の一つであると、マッツォは思いこんでいる。

 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。

 表だっては言えないが、貴族界ではセラーズ家は裏でウォーレン王とつながっているともっぱらの噂だ。国内の殆んどの貴族が、セラーズ家のことを嫌っている。


 少し意地悪をしてやろう。

 魔法の指導と称して、痛い目に合わせてやろう。

 そうしたって、嫌われ者のセラーズ家を庇うものなんていない。


 歩き出したマッツォに、少女が追いすがって機嫌を取ろうとする。


「マッツォ様、あの……」


 マッツォの手が翻り、少女の頬を打った。


「私に気安く触れるな」


 マッツォはこれまでは少女に対して比較的穏やかに接していた。

 顔が気に入っていたからだ。

 しかし今はもっと別に気になることがある。


 へたりこんだ少女をおいて、マッツォは胡散臭い笑みを浮かべながらルーサーの下へと向かうのだった。



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