第93話 短気は損気

 いちいちオーバーリアクションの人だ。

 でもまぁ、客観的に見て俺は1年生なわけで。

 その素行や成績や、そして剣の腕によって16歳にして寮監に選ばれているアウダス先輩と、まともに打ち合える時点で特殊ではあるのだろうと思う。

 俺の中では、13歳なんてすっかり体も成長しているイメージあったけど、実は全然そんなことがない。

 現時点での俺の身長は、なんとイレインより小さいのだ。

 ちょっと悔しい。


 これから背が伸びて手足が長くなっていくのに合わせて、戦闘の感覚を微調整をしていくのは面倒だけれど楽しみでもある。

 今は工夫して力で打ち合わないことを念頭に置いているけれど、背が高くなれば取れる手段も増えていく。父上も祖父も曽祖父も、かなりがっちりとした立派な体つきをしているから、俺だけがこのまま背が伸びないということもないだろう。


 そういえばこの人、家名まで名乗ってもあまり反応が変わらなかったな。

 まさかセラーズ家のことをよく知らない?

 〈光臨教〉の人間だとしたら、ウォーレン王との関わりもあるだろうし、学園に通っていて俺を知らないというのもおかしな話だ。

 でもなぁ『僕のことを知らないんですか?』なんて尋ねるのは、めちゃくちゃに自意識過剰に聞こえないだろうか。


 この会話の切り上げ時がわからない。

 発端が俺じゃないから、勝手に切るのも気が引ける。


「驚いた。剣の腕もたつんだね」


 あ、違う、こいつ知ってるぞ。

 しかもわざとそこに触れてこない。

 

 学園に来てからこんなことばかりだな。

 相手は俺のことを知っているのに、俺は相手のことがさっぱりわからない。

 酷いハンデ戦をやらされているような気分だ。


 いいや、今はその辺全部触れずにおこう。

 中途半端にやり合って余計な情報を与えても仕方がない。


「父と訓練をしていたものですから」

「そうだとしても、アウダスは最上級生だって真正面から打ち破る剣豪だよ?」

「どうりで、伸びた鼻をへし折られるわけです」

「はは、謙遜が上手だなぁ」

「いえいえ、本当のことですので」

「くだらん。俺はもう行く」


 俺たちの上っ面の会話に、眉間の皺がさらに深くなったアウダス先輩が歩き出す。 

 まぁこんな会話はお好みじゃないと思っていたよ。


「僕は先輩と一緒に行くので。はい、本をお返しします」

「ああ、悪いね。……神童の噂は伊達じゃないようだ」


 にっこりと笑って小さな声での賞賛、なのかな?

 ここはひとつ、俺の知っている物語の主人公たちを見習おう。


「本は大事にしましょうね! では、失礼いたします」


 難聴系主人公たち、お前らももしかしてこんな風にドキドキしながら聞こえないふりをしていたのかなぁ。


 しばらく歩いて追いかけてこないことにほっとする。

 ま、いきなり距離詰めてきたりはしないか。


「悪かったな」


 周りに人気がなくなったところで、唐突にアウダス先輩が謝罪をした。

 こちらこそ先輩が帰りたくなるような方向に話をもって言って申し訳ないんだけどね。

 あのエルって人が本当にアウダス先輩と仲がいいのだとしたら、俺が邪魔をしてしまったわけだし。


「お前との訓練のことを勝手に話すべきではなかった」

「ああ、そんなことですか。話の流れですから仕方ないでしょう」

「久方ぶりに、まともな訓練相手が見つかったことが嬉しかったのだ」


 アウダス先輩を見上げてみたが、目が合うことはなかった。

 そうか、嬉しかったのか。

 俺もいい訓練相手が見つかって嬉しかったよ。


 あと今その本音が聞けたことも嬉しい。


「別にいいんですよ、あれくらい。僕だって人よけに先輩を使わせてもらっていますから」

「……やはりそうだったか」

「怒りますか?」

「……いや、好きにしろ。俺は……、父上が尊敬していると言っていたセラーズ伯爵が、噂されるような悪い人物であるとは思えんのだ。自分の目で確かめていないことをとやかく言うのは気に食わんのだ」


 先輩、ぶっちゃけ過ぎだと思います。

 この人貴族には向いてないなぁ……。

 俺なんか、よっぽど身近なところが攻撃されなければ、案外へらへらとやり過ごせるほうだと思うけど、この人の場合は真面目過ぎるんだろう。

 ただ一つだけ絶対に伝えておかなければいけないことがある。


「先輩」

「なんだ」

「ありがとうございます。僕も父上のことを尊敬しています。強く、優しく、懐に入れた人を本当に大切にする人です」

「……そうか。知らん奴の噂よりは参考になるな」


 先輩はそれきり無言で寮に向かって歩いた。

 でもまぁ、こんな沈黙なら望むところだ。


 改めて、この間酷い態度をとったまま放置しなくてよかった。

 短気は損気、気は長く持ちたいものだ。




「勝負も受けられないか? はっ、神童というのは所詮噂が独り歩きしただけか」

「はは、すみません。僕は魔法の訓練をしに来ただけですから……」


 はぁ、魔法の訓練場に来ただけでこれだ。

 今日はお守りアウダス先輩が一緒にいないからなぁ。


「その調子じゃ、魔法の腕も大したことないのだろう?」

「そうですね、皆さんに披露するほどのものではないかもしれません。お邪魔になりそうですから、これで失礼いたしますね」

「なるほど、散々持ち上げられているが、きっとお前に魔法を教えた『賢者』というのも大したことなかったんだろうな」

「……はい?」


 は?


「聞いたぞ。最後は賊に負けて無駄死にしたんだろ? はっ、師匠が師匠なら……」


 袖を伝って短い杖を滑り落し、その先端を傾けて魔法を一発。

 脳みそにごみが詰まっている阿呆の耳の一部を消し飛ばす。


なんですって?殺すぞ


 短気は損気?

 は? なんだそのことわざ、聞いたことないけど。

 

 俺は杖の先端をその馬鹿の眉間に突き付けて問いかける。


「ルドックス先生が、なんですって?」



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明日おやすみでーす!


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