第91話 虫よけ

 どうやら新入生でこんなに張り切って寮に来ている奴はそれほどいないらしい。

 いるのは領地が忙しくて帰ってくるなって言われたとか、遠すぎて帰るのがめんどくさいとかそんな奴ららしい。

 基本的に味噌っかすが残っているのではないかというのが俺の推測だ。

 

 数日間寮の内外をうろついて、ひそひそと陰口をたたかれた俺は、若干気持ちがくさくさとし始めていたのだけれど、ある日それを避ける画期的な方法を思いついた。


 俺はそれを、アウダス虫よけ法と名付けている。


 なんと先日仲直りをしたアウダス先輩、都合のいいことに行動範囲がめちゃくちゃ広い。

 くっついて歩き、分らないことを尋ねると大体答えが返ってくる。


 朝一番で寮内を巡回し、その後訓練場へ。

 数度手合わせをさせてもらったけれど、いつだって冷や汗が出るくらいに強力な一撃を放ってくる。最初はやっぱり俺のことが嫌いなのかと思ったけれど、終わってからのブリーフィングでそうではないことが分かった。

 構えから何となく俺の実力を察して、いい訓練相手だと判断してくれたらしい。

 

 訓練が終わって昼食をとり一休みした後は、また寮内を一巡。

 さらにそのまま足を延ばし、校内全域をうろついて、また訓練場。

 その後カフェテラスでお勉強をして、まさかの三度目になる寮内を一巡してお部屋へ帰る。


 そしてアウダス先輩のお部屋は、4階。

 巡回前に捕まえることができれば、お出かけからお帰りまで快適に校内を歩き回ることができる。


 本人から仕入れた情報によると、彼はなんと寮監の一人に選ばれこのお部屋を得たのだそうだ。それが子爵の次男で弱冠16歳だというのだから、よほど優秀なのだと察せられる。

 しかも特別扱いされているのだから、それなりに仕事をするべきだと、日に三度の寮内巡回と、一度の校内巡回を行っている。もちろんこれは寮監に定められた仕事ではない。


 アウダス虫よけ法、別名虎の威を借る狐作戦は、俺に精神的なゆとりを与えるのに十分な効果をもたらしていた。


 これほど素晴らしいアウダス先輩がなぜ寮に残る者たちに恐れられているかといえば、そこにはいくつか理由がある。


 一つ、訓練で手加減をしないこと。

 二つ、卑怯なことや陰口が嫌いなこと。

 三つ、しかもそれを堂々と相手に伝えてしまうこと。


 まぁ、一番の理由は2m近い長身と、めちゃくちゃ怖い顔だけど。


「先輩、ご一緒しても?」

「好きにしろ」


 ああ、あと口調もそっけない。

 多分、いや、多分なんだけど、嫌われてはいないはずだ。

 この人を見ている限り、嫌いだったら尋ねた時点で断ってるからね。


 一緒に歩いていると、まず俺より先にアウダス先輩の姿が目に入るから、皆すっと目を逸らす。

 流石にそれに対して快感を覚えるほどやばい奴ではないんだけど、大助かりではあった。


 かなり慣れてきたところで、そろそろ人の情報でも集めようかと、校内巡回中に早足で歩くアウダス先輩に問いかける。


「先輩、先日褐色の肌と銀色の髪をした男性に出会ったのですが、心当たりはありますか?」

「……本人に聞け」


 あ、知ってるんだ。

 でも人の情報を勝手に漏らすのはいいことではないって判断かな。


「失礼しました」


 色々他にも知りたかったけど、この調子じゃ無理だな。

 まぁしかし、校内のマッピングがほぼ終わっただけでも十分すぎるくらいの収穫だ。


 しばし無言で歩いてから、そうだと思いだして他の質問を投げかけてみる。


「女子寮の特定の人物と連絡を取る手段をご存じですか?」

「兵士に取次を頼めばいい、と聞いた」


 ああ、この人女子と連絡とり合ったこととかないんだな。

 硬派そうだもんな、素直にかっこいい。

 だらしないよりは断然好感度高いね。

 クルーブも見習おう。


 いや、見た目からして正反対だし、こんな感じにきりっとされてもなんか嫌かもしれない。


 学園内には、普通の学校だったらこれ必要ある? みたいな施設がたくさんある。

 噴水のある広場。

 植物園に畑。


 それから小規模なダンジョンまでそろっている。

 流石にここは勝手に入れないけれど。


 立ち入り禁止エリアみたいなのっていくつかあって、その多くは学園の先生が与えられた私有地らしい。

 ま、実験場とかの類だな。


 一か所変な音が響いてくる場所があって、アウダス先輩に「あそこは何ですか?」と尋ねたのだけれど、ふいっと目を逸らして答えてくれなかった。

 この先輩にしては珍しい反応だ。

 そのうち一人の時に行ってみよう。


 そんなことを考えながら歩いているうちに、校舎付近をぐるりと一周して、また噴水のある広場へ戻ってくる。

 昼下がりの広場のベンチには生徒が一人座っていた。

 本を広げて読んでいるようだけれど、太陽光の真下で読むと目が疲れるからやめたほうがいいと思うんだよな。本が日焼けするし。


 その生徒は顔を上げてにっこりとほほ笑む。

 ただでさえ糸目気味の目が、すっかり線だけになって、愛嬌のある感じだ。


「やあ、アウダス。今日も巡回かな?」

「そうだ」


 親し気な声掛けにも、アウダス先輩はいつも通りのそっけない答えだ。

 怒っているんじゃないかと勘違いされるが、多分会話が下手くそなだけである。


「私はね、水音を聞きながら本でも読もうかと思ってね」

「そうか」


 ああ、水も紙にはあまりよくないからな。

 マジでここ読書には向かないと思うぞ。


「あれ、珍しく連れ合いがいるのだね? 新入生かな」


 先輩は答えない。

 え? シカト? もしかして本当に怒ってたりするのか?


「アウダス?」

「俺に聞くな、本人に聞け」

「ああ、うん、ごめん……」


 容赦ねぇなぁ、アウダス先輩……。

 普通こんなに親し気に接してくれる人にそんなこと言えないよ?

 

 憧れないけどちょっと痺れるわ。



=====

もしかしたら明日はお休みするかも……?

あるいは変な時間の更新かもです。

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