第86話 前準備
馬車から覗く久しぶりの王都は、あまり変わり映えしないように見える。
あんなに頑張っていた父上が王都を離れたとて、街の人々にはあまり変化なんてないんだな。
そう思うと少しだけやるせない気分になった。
「なんだか、街を走り回る子供の数が減ったな」
「そういわれればそんな気もするな。あと、馬車の数が増えたか?」
「ああ、だから危なくて子供をあまり歩かせないのかもな」
馬車が多いということは、以前より街が発展してるってことになるのか?
あ、またちょっと嫌な気分になってきたから考えるのやめよう。
色々考えるのは、もうちょっと情報収集を済ませてからでいい。
貴族街に入る時、身分を示すと門番の表情が硬くなった。
こりゃかなり変な噂が回っている可能性があるな。
セラーズ家の屋敷の前で馬車が止まり、俺達は馬車に降りた。
門が開くと、敷地内では穏やかな表情をした使用人たちが迎え入れてくれた。
数日間この屋敷に滞在して、それから俺たちは学園の寮に住まうことになる。
別に家から通ってもいいのだけれど、学園ではそれを親離れできていないと馬鹿にする傾向があるそうだ。
母上は無理せず家からと言ってくれたけれど、俺達は結局寮に入ることに決めた。
つけ込まれるスキは少ない方がいい。
「ルーサー様、イレイン様、長旅お疲れ様でございます」
「二人きりの旅は楽しかったぁ?」
声を出して迎えてくれたのはミーシャとクルーブだ。
じろりと睨まれたクルーブは下手な口笛を吹いて目を逸らす。
一応お付き合いしている、らしい。
ミーシャは当初予想していた通り、めちゃくちゃ美人になった。
クルーブは出会ったときとあまり変わらない。んでもってベビーフェイスだしあまり背が高くないから、年相応には見られない。美少年と美青年のはざまって感じだ。黙っていれば壁画とかにされる天使っぽくも見える。
言動はただのいたずら小僧だけど。
ミーシャがどんな時も俺を最優先するので、流石に申し訳なくなって謝ったことがあるのだけれど、クルーブはへらへらと笑って「そこがミーシャのいいところなんだよねぇ」と言っていた。
わかわかんねぇけど、本人が納得してるならいいやと思った次第だ。
クルーブはセラーズ家の領地にいる間、一人でダンジョンに潜りまくっていた。
ずっと相棒であるスバリと一緒に潜っていたから、前衛がいなくて大丈夫なんだろうかって思っていたけどいらぬ心配だった。
後半は俺がダンジョンに連れて行ってもらって感心したのは、その圧倒的な手数の多さと判断の速さだ。かなり学ばせてもらったので、戦闘における判断力にはちょっと自信がついてしまった。
多分クルーブみたいな奴のことを天才って言うんだ。
ルドックス先生が、いかにも怪しくて言動もよろしくないクルーブを、わざわざ俺と引き合わせてくれた理由を改めて思い知った。
「数日間はゆるりと旅の疲れをお取りくださいませ。本音を申し上げれば、こちらから通っていただき、毎日お世話させていただきたいのですが……」
「……ミーシャ、それ母上に頼まれた?」
ミーシャがにっこりと笑い答えない。
否定しないということは肯定ということだ。この辺はもう阿吽の呼吸だな。
ミーシャは母上のことを裏切らないけれど、それ以上に俺のことを優先してくれる。
「私自身、強くそう思っております。ルーサー様に健やかに過ごしていただくことこそ、私の一番の願いです」
「……いつもありがとう、ミーシャ」
「もったいないお言葉」
セラーズ家には素晴らしい家人がたくさんいるんだ。
今ここにいる家人たちは、セラーズ家の評判が悪くなっても心変わりせずに仕えてててくれた精鋭だ。
逆に言えば、やはり幾人かはいとまごいを申し出た者もいる。
彼らも元々下級貴族だったりするし、家の事情もあったりするから仕方ないんだけどね。
でもまあそれだけに、俺はセラーズ家を悪者のままにはしておきたくないと思っている。
何ができるかまだわかんないけどね。
とりあえず学園ではいい成績とって、仲良くしてくれる人をちゃんと探すつもりだ。なんたって友達100人できれば、未来の国を裏から操ることだってできるかもしれない。
流石に冗談だし、そんな野心もないけどね。
夕食を終えて夜遅くになって父上が帰ってきたらしい。
ミーシャから声をかけられて執務室へ向かう。
「元気そうだな、ルーサー」
「そういう父上は、少しお疲れのようですね」
肌に張りがないような気がするし、目の下にはクマができている。
比較的若く見られる父上だが、今は年相応に見えた。
「うむ。冷却期間を経て陛下の相談役として傍に侍ることになったのだがな、これがまぁ、なかなかに忙しい。王宮は目を離すとすぐ古狸どもが好き勝手する伏魔殿となる……。……長旅で疲れているお前に話すことではなかったな」
「……いえ。どうかお体を安んじてください」
「お前がしっかりしているから、ついポロリと本音を漏らしてしまう。まあ、王宮のことは気にするな。お前はお前の為すべきことをするのだ。私が不甲斐ないばかりに嫌な思いをさせるかもしれんがな」
……学園では色々ありそうだけど、これ以上父上に負担をかけるのは良くないな。俺も十分に強くなったし、少なくとも味方が何人かいるのは確定で分かっている。
「いえ」
否定の言葉を述べようとしたところで、少し疲れた顔をしていたはずの父上が明るくにっと笑った
「だが、お前ならなんとでもすると信じている。どうしてもうまくいかぬことがあれば何でも頼るといい。疲れたら屋敷へ戻れ。アイリスも元気になってこちらに来るというし、エヴァもルークもお前と会うのを楽しみにしているはずだ。あまり顔を出さぬと臍を曲げられるぞ」
父上は何でも自分でやろうとする俺のことをよくわかっているらしい。
下の妹と弟の話をされては俺も折れざるを得ない。
「エヴァは確かに怒りそうですね。できるだけ顔をだしに来るようにします」
「そうするといい。できれば私がいる夜にしてほしいがな」
「憶えておきます、父上。……ありがとうございます」
前世もだったけどさ、今世も家族ガチャに恵まれすぎだろ、俺。
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