第85話 昔話

「そーいえばさ、ルーサーも死んだからこっちに来たんだっけ」

「そうだけど、なんだよ唐突に」


 普段は長い時間二人きりでいることなんてないから、必要なことを優先的に話していた。おかげでかなり長いこと一緒に過ごしてきたにもかかわらず、俺たちは互いの前世についてほとんど知らない。

 車内で長いこと二人だけでしゃべっていたせいで話題が尽きてきた。

 学園に行ってからのことなんて、結局周りの反応次第になっちゃうから想像することしかできないし、対策を練るにしたって限度がある。


 俺たちの昔のことに目が行くのは自然のことだ。


「なんだかんだその辺の話したことなかったじゃん。これから機会があるかわからなしい、今のうちに話しとかない?」


 こいつ最近話し方がギャルぽくなってんだよなぁ。

 男口調って少し女性っぽくなるとギャルになるんだなって発見。

 あまり嬉しくない。


「じゃ、そっちからどーぞ」

「いや、俺のは話したじゃん。ホストやってて、客の女に刺されて死んだ」

「何歳だったん?」

「23、だからこっちと合わせたらもう36歳じゃん。うわ、おっさんだ。ルーサーは? 年上?」

「あー、ちょっと上だな。刺されるくらいだからあくどいことやってたんだろ」


 それに巻き込まれて俺は死んだんだからな。

 道歩いてた俺に、ホストがぶつかってきたんだよな。

 包丁がネオンの光反射してぎらぎらしてた。

 目の前にそんなもん見たら混乱するもんな。ホストのやつ、多分イレインの前世もそうと怯えた顔してたし。

 俺が何とかしなきゃまずいじゃないかって、妙な正義感出したのが良くなかった。

 『何があったのかわかりませんが、包丁なんて危ない』まで言ったところで『邪魔しないで!』ブスーだ。間違えた、ぶすっぶすっぶすっ、だ。

 めった刺しして俺がうずくまったところで女が包丁を地面に投げ捨てて、カバンの中から新しいの取り出したのを覚えている。あれだけ用意周到だと、説得なんて耳に入ってこなかっただろうな。


 今冷静になって考えてみれば、俺がやったのはあの女の罪を重くしたことくらいだ。尻尾を巻いて逃げていれば今頃、後輩にちょっと恥ずかしい武勇伝として、このことを語っていたかもしれない。


「してないよ」

「刺される奴ってだいたいそう言いそうだけどな」


 それでも巻き込まれたって意識があるから、俺はちょっとだけ棘のある言い方をしてしまった。

 イレインはちょっとむっとした顔をして言い返す。


「あいつに会ったのあれが4度目だし、店で俺が付いたの一回だけだよ。俺のお客さんが連れてきた人で、初めて一人できた時、俺のこと指名してくれた。ぼったくったりしてないし、会社の愚痴聞いただけだ。その次来た時は、俺が他の人に指名されてて行けなかったんだけどさ……。それ、恨まれて刺されたんだとしたら、どっちにしろいつか刺されてたと思う」

「……ふーん」


 俺、てっきりもっと複雑な関係だと思ってたよ。

 今更嘘もつかないと思うし、きっと本当のこと話してるんだろうな。


「たださ、一人巻き込んじゃったんだよな。死にたくないって思ってパニくって逃げてたら、リーマンぽい人にぶつかっちゃって。多分、守ってくれようとしたんだろうな。震えてんのに体を俺と女の間にいれてさー、説得しようとしてくれたんだ。その辺にいそうな普通のお兄さんだったけど、あれはかっこよかったよな」


 いや、無意識です。

 めっちゃ怖い、死にたくないって記憶しかないです。

 なんか美化されてねぇ?


「……そんで何度も刺されて多分死んだ。せめて俺が逃げられれば良かったんだけど、俺のせいで刺されてる人がいるわけじゃん。警察、とか救急車、とか考えてたら、新しい包丁取り出してさらにとどめ差しに行こうとしたからさー……、両手で腕抑えて止めたんだよね。そしたらあいつ何したと思う?」


 その辺の情報はもうあんまり覚えてないな。

 なんかめちゃくちゃ寒かったような記憶だけある。


「鞄からさ、もう一本包丁出してきて、俺の首ブスーって。どんだけ俺のこと殺したかったんだよって……ははは」


 暗い話になったのが自分でもわかったのか、イレインは最後に乾いた笑い声をあげて黙り込んだ。

 そしてぽつりとつぶやく。


「やっぱ恨まれてるよなあ……、あのお兄さんに。その呪いで俺こんなとこで女になってんだろうなって今でもちょっと思う。それかあの女の恨みとか」

「……女の方はしらねぇけど、その男の方は別に気にしなくてもいいんじゃね」

「なんでだよ、知らない男のせいで刺されたんだぞ」

「違うだろ。知らない女が刺してきただけで、お前が殺したわけじゃねぇじゃん」

「結局巻き込まれてんだから、原因は俺が作ったようなもんだろ」

「そいつもかっこつけて逃げなかったのが悪いだろ」

「……ルーサー、俺のこと守ろうとしてくれた人のこと馬鹿にするなよ」


 うるせぇよ、本人が良いって言ってんのにちょっと怒ってんじゃねぇよ。


「分かったよ、女々しい奴だな」

「やめろその言い回し。それで、お前は何で死んだの?」

「ああ……、事故? 巻き込まれて死んだんだと思うけど、いきなりだったから最後の方はよく覚えてないわ」


 事故だ。

 不幸な巻き込まれ事故だし、死ぬ直前の記憶は曖昧だ。


「ふーん、暴走車とか? 信号無視してたんじゃないのか?」

「いいや、普通に歩いてて普通に巻き込まれたね」


 だからこれ以上しつこく聞くなよ、めんどくさいな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る