学園編
入学準備だってさ
第84話 王都へ帰ろう
「私も行きます……」
ふくれっ面をしているのはかわいい妹のエヴァ。
俺の真似をしているのかすっかり敬語が板についてきた。
お兄ちゃん、内心はあまり言葉遣いが良くないから、外面だけでもちゃんとしといてよかったなって思ってます。
ゆるっとふわふわのお姫様みたいな見た目をしているけれど、俺に追いつけ追い越せと一生懸命毎日勉強を頑張っている。そのせいで時に信頼関係に溝が入ったこともあったけれど、雨降って地固まるで、今ではまたすっかりべったりお兄ちゃんっこだ。
はっきり言って、めちゃくちゃかわいい。
昨日まで聞き分け良かったのに、学園に向かう当日の朝になって、突然幼児返りしたかのように俺のこと服をつかんで放さなくなってしまった。
うーん、いい子だからって昨日までめちゃくちゃに甘やかした反動がきたのか?
「別に永遠の別れじゃないのだから……」
「イレイン姉様はいいですよね! 小さいころから一緒で、学園も一緒に行くのですから! 私だってお兄様と一緒に学園に通いたいです。お兄様のことが好きじゃないのなら、その立場代わってほしいぐらいです!」
「しー、エヴァ、しーっ!」
「あっ、申し訳ありません、お兄様……」
エヴァにはふとした拍子に、イレインと俺が男女として好き合っていないことがばれてしまった。それ以来イレインに対する敵視は、強まったような弱まったような。
俺を取られる心配がなくなって一安心、その代わりイレインがなぜ俺のことを好きにならないのかと憤っているらしい。かわいい妹だね。
「代わっていいなら代わってあげたいけれど……、流石に血のつながった兄妹じゃ……」
「代わりたいとか言わないでくださいっ。イレイン姉様には、お兄様に近寄ってくる虫を追い払うっていう立派なお仕事があるのですから」
小声でしかりつけるエヴァ。
うんうん。
別にいいんだけど、一応隣国のお姫様だから外ではイレインに対してそういう態度とっちゃだめだからね。
まぁ、お互いにTPOみたいなのはわきまえているから大丈夫だと思うけど。貴族の子って結構強かなんだよね。
俺が8歳の頃に知り合った奴らより、エヴァは随分と賢い気がする。
「というか……ひと月遅れで王都に戻るんでしょ? そんな大げさな」
「ひと月も!」
発言を咎められたイレインは、ふっと苦笑いして目を逸らした。
正論をポロリするほど怒られるので、喋らないことにしたらしい。
「エーヴァ、淑女は声を荒げてはいけません」
「……はい、お兄様、しかし」
「エヴァと離れるのは僕も寂しいです。でもその分再会できた時には喜びも大きいはずですよ」
「お兄様……」
「笑って送り出してくれませんか?」
「……はい」
イレインが何か言いたげな視線を向けてくる。
仕方ないだろ、俺はエヴァには親切丁寧かっこいいお兄ちゃんしたいんだよ。お前に言ってるわけじゃねぇんだからいい加減慣れろ。
優しく頭を撫でてやれば、エヴァはそっと服から手を離してくれる。
本当は大して強くつまんでもいなかったのだ。その証拠に服には皺もついていない。
思うところはあっても、あまり感情的になり過ぎないのは貴族として立派だ思う。
「心配はしていないけれど、二人とも気を付けて」
「にいいちゃ!」
母上が穏やかに笑って送り出してくれる。
手を振ると三歳になる弟のルークが、一生懸命手を振り返してきた。
セラーズ家は国内であまりよいように見られていないけれど、父上と母上は変わらずラブラブなのである。
少し離れたところにいても、母上は俺たちの顔を見て目を細めることはなくなっていた。
治癒魔法、学園に入るまでに身につけられて良かった。
王都が俺たちにとってめんどくさい場所になっているのはわかっているはずだけども、言葉の通り心配している様子はない。
王都を離れてからの数年間、真面目に一生懸命生きてきた成果と言ったところか。
剣術で父上とまともに打ち合えるまで、魔法は第五階梯を修め、最近ではルドックス先生の残した第六階梯のいくつかにも着手している。
できることは全てやってきたつもりだ。
しかし学園かぁ。
馬車に乗り込みながら、俺とイレインは同時にため息をついた。
「参ります」
御者が俺たちに聞こえるくらいの少し大きな声で告げると、がたりと馬車が動き出した。逆に言うと、それなりに大きな声を出さない限り、馬車の中の音は外には漏れ出さない。
「針の筵だろうな」
「私の方がやばいと思う」
いつの間にか二人で話すときも一人称が私になったイレインだ。
おーおー、よくわかってんじゃん。
なんたって裏切り者の王国のお姫様だ。ウォーレン伯爵は幾度か手紙をよこしているが、一度も顔を見せに来なかったし、イレインに家に戻るようにも言わなかった。
手紙には、俺としっかり仲良くするようにということと、ウォーレン王国の状況だけが伝えられていたそうだ。
はっきり言おう、糞親だ。
次会ったら魔法ぶっ放してやろうかなって真面目に考えることがあるくらいである。国際問題になるからできないけど。
それから、サフサール君が何を考えているのか俺達にはわからない。
話によればきちんとウォーレン王国の王太子として活動しているそうだけれど、外から得られる情報と、本人が何を思っているのかはまた別物だ。
「ヒューズがさぁ、なんか結構持ち上げられて調子乗ってるらしいから、あいつ頼ろうぜ」
「ヒューズぅ? あのお前の後について回る小型犬みたいなぁ?」
俺の提案にイレインは不満そうだ。
あのねえ、一応当時であってもヒューズはお前よりは魔法の腕あったんだからな。
俺と一緒にいるから自信を無くしていたみたいだけど、オートン伯爵が後継者に選ぶくらいには才能に溢れたやつなのだ。
ただ性格が小物っぽいだけで。
「お前もローズとやり取りしてんだろ。どうせ女王様みたいになってるだろうから、そっち頼れよ」
「……まぁ、そっちの方がまだ頼りになるか」
ヒューズだって頑張ってるはずなんだけどなぁ。
やっぱさらに強かになった
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