第83話 嵐のような女伯爵
結論から言うと、プロネウス王国はウォーレン王国を承認した。
白々しい友好関係の証として、王女イレイン=ウォーレンは正式に俺の許婚としてセラーズ家に預けられる。
そんな馬鹿な話あるかと思うけれど、あったのだから仕方ない。
そして父上の立場は当然のように悪くなった。
殿下たちと遊ぶ機会はなくなって、父上から公の場には顔を出さないように言われた。俺が嫌な思いをしないようにという図らいなのだろうけれど、今となっては少し寂しい。
そしてついに、俺たちは所領へ引き上げることとなった。
父上は大臣職を退いた。
陛下からは何とか残る様内々に頼まれていたらしいけれど、このままでいると父上への非難がそのまま陛下への非難と変わっていくことになる。内心忸怩たる思いを抱えながらも、退かなければならなかったというのが現状なのだろう。
おそらく、今まで父上が整理対象としてきた古い貴族たちが力を取り返し、陛下も国を動かしにくくなることだろう。
気が優しくてちょっと推しに弱いカート殿下のことが心配だけれど、近くで
ローズの家はいわゆる旧貴族派だから、きっと今頃のびのび元気にしていることだろうし。
朗報があるとすれば、クルーブが一緒にセラーズ領へ来てくれることだろうか。
ものすごく心強い。
先生の本を読み解くにも助かるし、まだまだ教わりたいことが山ほどある。
家人たちがあわただしく引っ越しの準備をする中、俺は庭でぼんやりとこれからのことを考えていた。俺がいても邪魔になるだけだからね。
もうすぐ9歳。
次の王都に戻ってくるのは、きっと13歳の春。
学園への入学の時になるんだろうな。
はぁ、想像するだけで憂鬱だ。
いじめられたらどうしよう。腹立ったら魔法ぶっ放しても許してもらえるかな?
くだらないことを考えていると、蹄鉄が石畳を叩く音が聞こえてきて、その感覚が徐々にゆっくりとなり、門の前に一台の馬車が止まった。
貴人の馬車だなーって言うのはわかるけど、どこのどなたかわからない。
御者が随分と忙しそうに席から降りて後部の座席の方へ向かった直後、バンッと大きな音を立ててドアが押し開かれた。中から蹴飛ばして開けたんじゃないかというような勢いだ。
御者の人がピタッと止まり背筋を伸ばす。
どうやら相当に気性の荒い主人をお持ちのようだ。間に合わなかったね、どんまい。
中から現れたのは真っ赤な髪を無造作に伸ばした、めちゃくちゃ背が高くてスタイルのいい美女だった。そのかわり目つきは殺人者のそれだ。一睨みされただけで、足がすくむ自信がある。
カッカッカッと音を立てて階段を降りると、門の前にピタリと止まった。
門番さん、完全に気おされてる。
その後ろから体を小さくした見覚えのある少年が下りてくる。
噛ませ犬ことヒューズ=オートン少年だ。
おっと、俺あの人だれかわかっちゃったぞ。
ヴィクトリア=オートン女伯爵。
王国で会いたくない人ぶっちぎりナンバーワンの、【皆殺し平原】の生みの親にして、父上の同級生だ。
門番さんが冷や汗をかきながら屋敷の中に父上を呼びに走る。
かわいそうだ……、いい人なのに……。
そんなことを思いながらそっと立ち上がったのが悪かったのか、オートン伯爵の鋭い視線が俺に向けられた。逃げるタイミングのがしたね。
「小僧、こっちへ来い」
「…………はい」
返事をする前に歩き出した俺は賢明だ。
多分とろとろしていると絶対に怒りだすもん。すでに怒ってそうな顔してるもん。
「ふん」
ふんじゃないが。
呼んどいて人の顔見てその態度は何なんだ、と言いだす勇気はない。
「……オートン伯爵閣下でしょうか」
「ほう、分るか」
「ヒューズ殿がいますので」
「私も知っているぞ、天才児。キャンキャン吠えるこいつが、珍しく褒める割合の方が多かった小僧。興味がある」
ヒューズ君、僕のことこの怖い人にお話ししたの?
僕は全然かかわりたくないよ?
「魔法が得意なんだってなぁ?」
「……ルドックス先生に師事しておりました」
いいえと言いたいけれど、そうもいかない。
俺はルドックス先生の最後の弟子なのだから、その名誉のためにも魔法に関してはあまり否定的になるわけにはいかないのだ。
「得意なんだな?」
「魔法は好きです」
「殺すぞ」
ちょっとちゃんと質問に答えなかっただけで、他家の嫡男に放つ言葉じゃないよ?
やっぱやべぇ奴じゃん! だから会いたくなかったんだよ。殺気まき散らすのやめてよ!
でもなぁ、殺すわけいかないだろ。
俺だってセラーズ家の嫡男だぞ。
俺を殺したらマジで王国VSウォーレン王国セラーズ伯爵家連合始まるんだから。
ヒューズ君、君のとこのおばさん何とかしてよ、そこであわわわわってしてるだけじゃ一緒に来た意味ないじゃん!
「……失礼しました。得意だと自負しています」
「……うちの腑抜けよりは肝が据わっているようだな。それから無駄に謙遜するな、時間の無駄だ」
「心にとどめておきます」
「胡散臭い奴め」
丁寧に話してるだけなのに罵倒する必要ある?
ちょっと泣きそうな気持ちを堪えながら立っていると、後ろから早足の足音が聞こえてきた。
「オートン伯爵、わざわざ足を運んでくるなんてどうしたんだ」
横に並んだイケメンは俺の父上。
待ってました、この人怖いので後よろしくお願いします。
「ふん。なに、お前が王都からも大臣の職からも逃げ出すと聞いて面を拝みに来たんだ。意外と負け犬の顔をしていないじゃないか」
「逃げ出すわけではないからね。暇なのかな?」
「暇だ。私の領地で悪さをする奴は皆殺しにしたからな」
「……相変わらずだな」
相変わらずなんだ……。
学生の時からこんななんだ……。
「しかしつまらん。友に裏切られてすっかりしょげているかと思ったのに、まったくもって面白くない。私は帰る」
好き勝手なことを言って本当に回れ右をしたオートン伯爵は、馬車の階段に足をかけてから振り返った。
「ヒューズ!! 言いたいことがあるのなら早く言え!」
「は、はい!!」
ヒューズがつんのめるように数歩前に出てきて、俺の目をしっかりと見つめた。
珍しい、いつもあまり目を合わせないのに。
「殿下は、ルーサーの友であると言っていた。ローズも、マリヴェルも、そして……俺もだ……。また、遊ぼうな……」
だんだんと小さくなっていく声量、それに伴って下がっていく視線。
「ヒューーーズ!」
「はい!!」
「めそめそするな!!」
「はい!!! ルーサー、つ、次会う時は、魔法勝負で俺が勝つからな!! じゃあな!」
オートン伯爵、容赦ねぇ。
ヒューズも言われるがまま啖呵を切って、泣きそうな顔を無理やりきりっとさせて、馬車に乗り込んでいった。
御者が今度は慌てて御者台へ上がっていく。
その時馬車の窓がぴしゃん! と音を立てて開いた。
オートン伯爵、物持ち悪そうだなぁ。
「いけ好かない糞眼帯、戦場であったらぶち殺すが文句ないな」
「ははは、ない」
「聞いたぞ、恨むな」
「恨まない。私はプロネウス王国のセラーズ伯爵だ」
「ふんっ、出せ!」
言うことを言ってまた窓がぴしゃんと閉じられ、馬車が動き出す。
あー……友達か、そうか、友達かぁ……。
「父上、オートン伯爵は学生の頃に交流がありましたか?」
「ヴィッキーはあれでなかなか、情に厚いんだ……」
学園の友人かぁ。
嵐のようにやってきてオートン伯爵は、俺の憂鬱な気持ちをほんの少しだけ晴らして、やっぱり嵐のように去っていったのであった。
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