第73話 見え方の違い
俺の気分転換のはずの街ブラは、気づいたらクルーブが好き勝手にうろつくお散歩に変更されていた。
食べ物屋を見ていたかと思えば、ふらふらと綺麗なお姉さんついていく。
犬の散歩をしているような気分だったが、不思議とみているだけで悩みごとが小さく思えてくる。
ルドックス先生はもう会わないつもりだったようだけれど、俺までそれに合わせる必要はない。10歳近く年上のクルーブがこんなに好き勝手しているのだから、俺だってわがまま言ったっていいはずだ。
少なくともこの世界じゃまだ大人じゃないんだからさ。
ルドックス先生だってそんなことで俺のことを嫌いになったりしないと思う。
笑って『仕方がないのう』って言ってくれる姿が想像できた。
そうと決まったら、父上に許可を取って、ルドックス先生の家へ通えるようにしておかないとな。
もしかしたらクルーブに感謝をしなければいけないのかもしれないけれど、なんだか悔しいのでミーシャにだけお礼を言うことにしよう。
「……王都も、意外と貧しい人が多いですね」
放し飼いにしているクルーブを眺めながら、広場のベンチに腰を下ろして休憩していると、サフサール君がぽつりと呟いた。
しきりに狭い路地を覗いていたのは、きっと街の住人の経済状況を確認していたのだろう。
勉強と政治場に顔を出すことで忙しかったサフサール君は、王都の街見物はあまりしていなかったらしい。俺たちが出かけるのも、イレインの息抜きを兼ねてたから、意図的にサフサール君がいない日に計画していたのもある。
ちなみにサフサール君はいつも慈悲溢れる笑顔で送り出してくれていた。
絶対デートだと思われている。
俺たちはただ街歩きを楽しんでいただけだけど、サフサール君は息抜きでも真面目モードに入っちゃうんだなぁ。
苦労する性格をしているよ。
「まあどこへ行っても一緒でしょうねぇ。でも王都付近にはダンジョンがいっぱいあるおかげで、多少はましなんですぜ。国としちゃあ、必要のない者たちが勝手に死んでくれて万々歳ってなもんで。街で死なれると後片付けが大変ですし、病の原因にもなりやすからね」
気の良く回るスバリにしては嫌な言い方だった。
思わずそちらを見ると、スバリは自嘲するような笑みを浮かべて地面を見つめている。
「……そんな言い方は嫌いです」
「でも真実ですぜ」
二人はつかの間にらみ合ったが、すぐにスバリがへらっと卑屈に笑う。
「いやいや、サフサール様、俺は弱い奴らを馬鹿にしてるわけじゃないんですぜ? 俺は若い時からダンジョンに潜ってきましたが、同じ世代で生きてるのはほんの一握りでさぁ。思い出して嘆いてた、って考えちゃもらえませんかね」
「…………わかった」
真偽を探るようにしばし黙り込んだサフサール君だったが、結局謝罪の言葉なくスバリの言葉に了解の意思を示した。
なんか険悪だなぁ……。
適当に間に入って話を逸らした方がいいか?
「サフサール様は下々の者のこともよく気にされてるんですね」
下々という言葉が気に食わなかったのか、馬鹿にされているように聞こえたのか、サフサール君の顔は曇ったままだ。
「俺の言葉選びがいけねぇんですかね、坊ちゃん」
肩をすくめてスバリが俺に助けを求めてくる。
そんなこと言われてもなー、サフサール君がこんな感じになってるのはじめて見るからなぁ。
「どうでしょう? 仲良くしてもらえたらいいなと思いますが……」
これは本音。
折角のお出かけなんだから、俺の機嫌が直ってきた今、サフサール君にも楽しんでもらいたい気持ちがある。
「あー、そうですねぇ……。そんじゃサフサール様、俺が一つ街の裏路地とかを案内して差し上げますよ。さっきのご様子だといろいろ気にされてるんじゃないです?」
「……それは、そうですが。遊びに来てるのにルーサーやイレインに悪いので」
ちらりとこちらを確認するサフサール君。
いやぁ、俺たちは本当に気分転換に来てるだけだし、真面目に色々考えているサフサール君の邪魔をしようとは思わないぞ。
「ここで待ってますから、行ってきてください」
「でも……」
「ま、坊ちゃんがこういってくださってますしね? おーい、クルーブ、こっち戻って来い!」
「えー? なにー?」
「戻って来いって!」
スバリが背筋を伸ばして手招きすると、唇を尖らせたクルーブが渋々戻ってくる。どうやらまだドッグランで遊びたかったらしい。
「急に何さ」
「いや、サフサール様にちょっと裏路地を見せてやろうかと思って」
「裏路地ぃ? やめなよねぇ、危ないから」
意外や意外、クルーブがまともなことを言った。
「まあちょっと行って戻ってくるだけだ。それとも俺が街のチンピラなんぞに後れを取ると思ってるのか?」
「思ってないけどさぁ。しょうがないなぁ、ルーサー君なんで裏路地なんか見たいの? 別に楽しくないよ、あんなとこ、酒臭いし、げろ臭いし、生臭いし」
臭いを三連発したことから、クルーブがよっぽど裏路地に行きたくないことはよくわかった。
「僕は行きませんよ。サフサール殿とスバリさんが行きます」
「……何、グループ分かれるの? 僕が二人見てるってこと?」
「そうなるな」
「……スバリ、なんか今日変じゃない? お酒とか飲んでる?」
「は? 飲んでねぇよ、貴族の坊ちゃま方護衛するってのに」
クルーブはスバリに顔をかなり近づけてじっと観察しようとして、途中で大きな手のひらで押しのけられた。
「いくらお前の顔が良くても、男とキスする趣味はねぇよ」
「僕だってないよ、気持ち悪いこと言わないでよねぇ。……お酒の臭いはしないか。でもなんか変なんだよなぁ。……ちょっとでも違和感あったらすぐ戻ってきてよね」
「今日はやけに突っかかってきやがるな。……んじゃうちのチビの許可も出たし、ちょいと裏路地見学、いきやしょうか」
「……うん。ルーサー、イレイン、ごめんね。そんなに時間かけずに戻ってくるから」
「お兄様がみたいのでしたら、そんなに気になさらずに。ここでおとなしく待ってます」
「ルーサーと仲良くね」
「……お兄様に言われなくても分かっています」
こいつ相変わらずツンデレしてるんだよな。
本性はばれてないので、ツンデレであることはサフサール君に見抜かれてるけど。
生意気なこと言われたのに、サフサール君はニコニコだ。
「んじゃクルーブ、勝手にうろついて迷子になるんじゃねぇぞ。ここで待ってろよ」
「わかってるよ。早く戻ってきてよね」
「はいはい」
すでに歩き出していたスバリは、振り返らずにそのままひらひらと手を振って、サフサール君と横並びで人ごみに紛れて行った。
そして、日暮れ近くになっても二人が広場に戻ってくることはなかった。
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