第72話 気分転換

「ルーサー様が最近元気ないんですよ」


 俺が魔法の訓練をしている横で、ミーシャとクルーブがひそひそ話をしている。

 魔法を放つたびに音が鳴っているから、聞こえないと思ってるな、これ。


「あー、先生の件でしょ。先生まだ生きてるじゃん」


 お前はもうちょっと悲しめ。

 先生ともうすぐお別れかもしれねぇんだぞ。なんでそんなあっけらかんとしてんだ。


「僕昨日会ったし」


 三つ同時に放った魔法がすべて少しずつ的から外れて着弾する。

 は? なに? クルーブには会うのに、俺には会ってくれないの?

 なんで?

 俺ちょっとイレインのこと刺した女の子の気持ちわかったけど、どうしたらいい?

 魔法の標的クルーブにしたらいいの?


「先生さ、ルーサー君のことめっちゃかわいがってたし、どこ行っても自慢してたし、かっこ悪いとこ見せたくないんだろうねぇ」


 やっぱ身内を狙うの良くないよね。

 ルドックス先生、俺、真面目に魔法の練習するよ。


「いずれ儂を越えるとかいってさぁ。先に僕が越えるからって言ったら、お前には無理じゃとかいうの。先生さ、ルーサー君の前でいい格好しすぎなんだよぉ。僕だってかわいい弟子なのにさぁ、ね、ミーシャさんもそう思うでしょ」


 ルドックス先生俺のこと大好きじゃん。


「ルーサー様の方がかわいいしかっこいいですが?」


 ミーシャも俺のこと大好きじゃん。さすミー。


「みんなルーサー君に騙されてない? あいつ意外と生意気だよ?」

「あいつとか言うとその口縫い付けますよ」

「冗談やめてよ、怖いから」

「冗談ではありませんが」


 でもミーシャはたまにちょっとだけ怖い。主にクルーブの相手をするときに。

 横目で二人を見ると、ミーシャはちゃんと針と糸を取り出していた。それも多分、固い布地を縫う時に使うぶっといやつだ。

 クルーブが黙り込んだ理由が分かった。


 気づかないふりをして魔法の練習を続ける。

 俺にとってはミーシャは優しいお姉さんで、家族みたいなもんだからな。見られたくないだろう部分は見ないようにしてあげるべきだ。

 怖いから目を逸らしたわけではない。


「はい、というわけで、最近ルーサー様の元気がないんですよ」

「……さっき聞いたよ?」


 控えめに、機嫌を窺うように上目遣いのクルーブ。

 君、立場弱いね。


「何とかしてもらえませんか?」

「何とかって……。最近スバリが領地から帰ってきたから、一緒に街でもぶらついてみる?」

「いいかもしれませんね。ルーサー様は街をぶらつくのがお好きなようですから」

「何が楽しんだろうね、僕にはよくわかんないけど」


 それからも二人はぽつりぽつりと会話していたけれど、クルーブは時折ちゃんと俺に声をかけて至らぬ点を指摘してくれる。こういう部分はしっかりしてるし、技術的にも本当に天才なのに、性格だけがちょっと残念な奴である。



「えー……、ちょいとばかし久々ですね、お二方。それにお嬢様のお兄様でしたか、本日はよろしくお願いいたします。……おい、クルーブ、名前」

「え? ルーサー君とイレインちゃんとサフサール君だけど」


 時期伯爵家当主二人を君付けで呼ぶとか、こいつまじで怖いものなしかよ。


「はいはい、サフサール様ね。ややこしいのでお坊ちゃまのことも名前でお呼びした方が?」

「いえ、そのままで構いません」

「…………確かに、どことなく元気がなさそうですね。ちゃんと護衛はしますが、街歩きであまり気を抜いたらいけませんぜ」

「いつもと変わらないつもりなんですが」

「だったらいいんですがね」


 いつも通り、クルーブが先頭を歩き、スバリが後方から全体を見守って歩く。

 今日はサフサール君が初めて一緒だったためか、スバリは自分の隣にサフサール君を配置する位置取りをしていた。

 二人で何やら話をしているようだけれど、クルーブのがばがば会話と違ってちゃんと声を潜めているからよく聞き取れない。

 スバリはウォーレン伯爵領出身だから、故郷の話でもしているのかもしれない。


 すると横に並んでいたイレインが、これ幸いと身を寄せて小声で話しかけてくる。

 だからお前、誰に影響されてるか知らねぇけど、仕草がちょっとずつ女の子になってんだって。

 たまにローズとかと遊んだりしてるせいなのか?

 言ってやった方がいいのかもしれないけど、もはやよくわからなくなってきた。


「ルドックス先生、体調わりぃの?」

「悪いらしい。……クルーブに会う元気はあるらしいけどな」


 付け足してから、自分の狭量さにため息をつく。

 理解してても、折角生きてるんだから会いたいという気持ちが、俺に余計な一言を付け足させた。


「うん、まぁ、ルドックス先生、お前のことかわいがってたもんな。あんまり落ち込むなよ」

「わかってるよ。マジで調子が悪いのも、なんで俺に会わないのかもわかってる」

「……いや、でもマジで珍しいな。お前が眉間に皺寄せてるのなんて、そんなに見ないもん。まじで元気出せよ、お前がそんなだと調子が狂う」


 手のひらを顔へもっていき、指先で眉間をなぞって、初めて俺はしかめ面になっていたことに気づいた。

 もしかして家でもそうだったんだとしたら、かなり良くないな、これ。

 エヴァとか、怖がっていないだろうか。

 家に帰ったら、ちゃんと謝らなきゃな。

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