第74話 かどわかし
スバリが近くにいないと、流石のクルーブも慎重になるのか、ベンチの横で立ったまま腕を組み、周囲を警戒していた。
できるんなら最初からやれよと思う気持ちはちょっとだけある。
それでも今までやらなかったのは、きっと相棒であるスバリをよっぽど信頼しているからなんだろうな。
二人が出かけてから数分。
イレインはぼけーっと本気で気の抜いた顔をして街を歩く人を見ているけれど、俺はだんだん退屈してきた。
「クルーブさん、さっき何をあんなに気にしてたんですか?」
スバリを信頼しているクルーブが、その様子が変だとかなりいぶかしがっていた。
いつもとどう違ったのかなんて、付き合いの短い俺にはわからない。
「……何が違ったんだろ?」
「酔っぱらっている人の言動には見えませんでしたよ」
「……ああ、やたらとサフサール君に絡んでいってたから? スバリってお酒飲むといつもより喋るようになるんだよね」
言うほど変わってたか?
「僕の時と大差ないように見えましたけれど」
「ルーサー君の時はさぁ、あらかじめ僕が色々話してたから。でもサフサール君のことは何も話してない。興味のない相手に、あんなに話しかけるタイプじゃないんだよ」
「……サフサール殿は次期ウォーレン家の当主ですから。もしかしたら出身地の領主だっていうので気にされていたとか?」
「あぁ、そっかぁ。……うーん」
それらしい理由を与えてやったのに、クルーブは相変わらず難しい顔をしている。
いつもへらへらしているクルーブがこんなだと調子が狂ってしまう。
それから三十分が過ぎた頃、イレインが声を上げた。
「遅いです」
イレインはいつの間にかきりっとした表情に変わって、俺たちの方を見ている。
「確かに、ちょっと行って帰ってくるにしては遅いよね。……探しに行く?」
「一応ここに待機しているよう言われたましたけど……」
「しかし、お兄様は人を待たせるような性格はしていません。それほど時間のかかる場所まで行くようだったら、途中で引き返してくるはずです」
二人のそわそわした様子に、俺もだんだん不安がせりあがってきた。
すれ違いで二人が戻ってきたとしたら合流することは難しいかもしれない。
しかし今この時にトラブルが起きているのだと想定したのならば、今すぐに探しに向かった方がいい。
「……探しに行きましょう」
俺が立ち上がるのとほぼ同時にイレインが立ち上がり、クルーブが歩き出す。
するすると人を躱しながら、二人が進んだ方向に向かうクルーブは、並行して人ごみの中に目的の人物がいないか目を走らせている。俺たちは追いつくだけで精いっぱいだ。
路地裏、というほど狭くもない脇道に入ると、人通りが減ってついていくのが簡単になる。
とうとう小走りになったクルーブだったが、一応俺たちのことも気にしてくれているらしく、時折振り返りお互いの位置を確認する。
イレインが少し呼吸を乱しながらついてきているが、これ以上のスピードアップは不可能だろう。
いよいよ本格的に裏路地に入ると、ふらふら歩いていた酔っ払いが俺たちに気が付いて両手を広げた。
「おーっとっと、そんなに急いでどこに行くんだぁ? ちょっと酒代が欲しくてよぉ、ひっ」
邪魔をする気満々のその男の頬を肉を削り取って、鋭い石の欠片が飛んでいく。
「どいて」
ほんの一瞬のためらいもなく、的確に相手の意思をくじいたクルーブは、腰を抜かして座り込んだ男のことを飛び越えながら初めて忠告の言葉を吐いた。
転がって路地の端へ避難した男の横を、俺たちもクルーブに続いて通り抜ける。しかし、通り過ぎた直後クルーブは足を止めた。泊り切れずにイレインがその背中にぶつかり、クルーブが一瞬よろける。
フィジカルはあまり強くないんだよな。
「ちょっと前にすごく背の高いひょろっとした無精ひげの男と、身なりのいい10歳ちょっとくらいの男の子見なかった?」
「い、いや?」
「嘘ついてる?」
「うわああ!」
問答の時間が惜しいのか、クルーブは男を張り付けにするように魔法を放つ。
地面や家の壁に突き刺さった石の欠片から身を守ろうと体を丸める。
「男は見た! 子供が入るくらいの麻袋肩に担いでた! あんな堅気じゃなさそうなのと関わりたくなかっただけなんだよぉ、俺は関係ねぇんだ、勘弁してくれよぉ」
「どっち」
「あっちだ、あっちに行った。俺の酒瓶蹴飛ばしたから文句言おうとしたら、めちゃくちゃ睨まれたんだ! なんだよ今日はもう、勘弁してくれよぉ。何も悪いことしてねぇだろうがよぉ」
男が指さした直後にクルーブは出発していた。
頭を抱えたまま地面にうずくまった男の声が徐々に遠くなっていく。
俺達から金を巻き上げようとしといて、何も悪いことしてないなんてよく言ったもんだ。『危ないから出てけ』とでも言おうとしてくれたのなら申し訳ないけどな。
それにしてもクルーブの判断が的確でめちゃくちゃ早い。
俺がこうかなと思ったときにはもう行動している。
こいつって本当に現役の探索者で、生きるか死ぬかの世界に生きているんだなって痛感させられた。
しばらく駆けずり回って、そろそろイレインの体力が限界ってところで、クルーブは足を止めてひどく怖い顔をした。
「このまま、先生のところに行く、ついてきて」
くるりと踵を返したクルーブは、歩き出してからもう一度だけ振り返り、イレインの状態を確認して足を止めた。
「……急ぐから、背負ってもいい?」
「すみません、お願いします!」
すぐさま了解したイレインは、息を切らしながらもクルーブの近くへ駆け寄って背中に乗る。
「ルーサー君は悪いけど頑張って。スバリなら二人抱えても……、ああ、もう! 意味わかんないよ!」
それは俺も同じ気持ちだ。
きっとスバリがサフサール君を誘拐した。
それが俺たち三人が考えている、今現在の最悪の状態だった。
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