第69話 お嬢様無双

 油断していたって言葉は二度使えない。

 先ほどよりはいい勝負をした男だったが、競り合って負けた結果大人しくその場から退散した。

 するとすぐに空いた席に他の男が座る。


「一戦頼む」

「……わかりました」


 腰を浮かせかけていたイレインは、ややあってから挑戦を受けることにしたらしい。


「もうしわけありません」

「好きにしていいですよ。たまのことですし」


 言葉こそ丁寧に作ったものだったが、そのやり取りの内容に嘘はない。

 多分イレインは本当に悪いと思ってるし、俺は本当に好きにしたらいいと思っている。

 なんか楽しそうだしいいんじゃないのか。

 言うことがあるとするならば、置いてどっか見に行っていいだろうかってことぐらいだ。流石にそれは言えないから、黙って待っていることにしたけれど。




 イレインの遊んでいる盤上遊戯は、それなりに名の知れたものなのだと思う。

 結構な数の大人が周りで遊んでいるし、連勝するにつれて観客が増えてきた。

 しかし初めてルールを知ったような子供が、そんなゲームで連勝することは可能なのだろうか。

 いや、イレインは子供じゃないけど。

 子供じゃないにしても、落ち着いた立派な大人ってタイプではない。当然ながらフィクションよりフィクションみたいな活躍をしていた、あの若き八冠みたいな雰囲気もなかった。

 少なくとも俺には、どこにでもいそうなチャラついたホストだった、ように見えた。


 1ゲーム10分から20分程度。

 駒の動きがそれなりに複雑なのに長考をする奴がいないことを考えれば、まだまだプレイヤーが成熟していないととらえることもできる。

 それにしたってかれこれ4時間、17連勝。

 腕自慢の大人たちをバッタバッタとなぎ倒すイレインはいつの間にやら、渋いおじさんたちのアイドルだ。

 一手差すたびどよめくその状態で、イレインちゃんグッズを出せばきっと即完売するだろう。


 イレインは一線終わるたびおっさんたちが集まっているのを確認してひそかにため息をついていたが、つい4戦前から熱心に見てくれているかわいい女性が出現。

 これは観客がざわめくことで判断しているのだが、おそらくいい手を打つたび、そちらに向けて流し目のサービスを送っていた。

 人待たせておいて女口説こうとしてるんじゃねぇぞ。


 俺はといえば、粗末な長椅子に三人並んで腰かけて、もさもさと冷めた屋台の飯を食べている。


「ねぇルーサー君さぁ、僕退屈だよぉ」

「そうですか、僕もです」

「わ、ひどいんだ! 許婚があんなに活躍してるのに、言いつけてやろうかなぁ?」

「勝手にどうぞ」


 完全放置で待機している俺の気分もちょっとやさぐれぎみだ。

 クルーブの子供じみたちょっかいに、優しく構ってやるほどの心の余裕はない。


「スバリー、ルーサー君ってこういう奴なんだよ。わかったぁ?」

「普通だろ。この年の貴族の坊ちゃまって考えたら、めっちゃまともだぞ」


 スバリも退屈しているのか無礼ぎりぎりアウトの発言だ。

 他の貴族の坊ちゃまに聞かれたらしばかれそう。


「それはそうと、坊ちゃんは本当にここに待機でいいんです? クルーブと遊びに行ったらどうですか?」

「いえ、いいんです」

「退屈でしょうに」

「まぁ、そうですけど。街の活気も感じられますし、これからずっと外に出られないわけじゃないですし。それに、イレインが珍しく楽しそうですから」


 あいつストレス溜めてるからなぁ。

 たまに子供だけで遊ぶときとかはちょっと楽しそうだけど、最低限外面を取り繕ってるはずだ。俺と喋ってる時はくさした気持ちのガス抜きだし、言葉は発しないまでも珍しくかなり素に近い状態で楽しんでるんじゃないか?

 俺は好きなことやってるけど、あいつは自分の好きなことをする時間なんかない。

 8歳だから、もう丸々8年間、ずっといろんなことを堪えてる。


 それを考えると、これから何度でもあるだろう外出の時間を少しぐらい譲ってやってもいいかと思えた。


「……子供っていうのはクルーブみたいに、その瞬間が楽しくなきゃ許せないもんじゃねぇかと思ってやしたが、坊ちゃまは大人ですね」

「クルーブさんと一緒にされなくて良かったです」

「なんで僕のこと馬鹿にするのかなぁ? 君の魔法の先生だよ?」

「尊敬してますよ、魔法の先生としては」

「ホント生意気だよねぇ」


 一緒にいるとあまりに軽口をたたくことが多いから、クルーブを相手してるとどうしても気が抜けてしまう。ルドックス先生のことは素直に敬えるんだけど、こいつは性格が子供っぽ過ぎるんだ。


「……クルーブがものを教えてると聞いて、どんなとんでもないことになってんだと気にしてたが……、意外とうまいことやってるんですねぇ」

「大人なので、僕が」

「はぁ? 僕が子供のルーサー君にあわせてあげてるんですけどぉ?」

「そうですね、僕のためにクルーブさんは子供っぽい演技をしてくれているんですよね」

「……ん? ……うん、まぁ、そうなのかな?」


 よし、誤魔化せた、馬鹿め。

 スバリがこっそり肩を揺らして笑っている。

 まぁ、こんな気を抜いた会話ができるのも、イレインが無駄に連勝してくれているおかげということで。


 イレインはその後勝ちまくった。

 満を持して挑んできた流し目を送っていた女の子にも激戦の末勝利し、俺が笑顔をひきつらせながら肩を叩くまで連勝し続けやがった。

 日が落ちる寸前に屋敷の中に滑り込み、母上にちょっとお小言を頂いたのも、全部イレインのせいなので、今度普通に文句を言おうと思います。

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