第68話 精神的な成熟

 スバリの後を追いかけると、途中ではぐれかけていることに気づいたのか、クルーブとイレインが足を止めていた。

 イレインが片手に棒飴をもってクルーブの服の裾を掴んでいるけど、急速に仲良くなったのか?

 どうでもいいけど肉串食べ終わるの早いな。

 俺が怪訝な視線を向けていることに気づいたのか、イレインが言い訳をするように口を開いた。


「はぐれそうだから止まってって言ってもどんどん歩いていくから」

「大丈夫だってば、スバリがぁ、背筋伸ばしたら、すぐ見つけられるから」


 クルーブのやつ何かバリバリ噛んでるな。


「だから飴を買ってあげたんだけど、すぐに噛んで食べちゃって」


 なるほどね、つまりイレインがクルーブのおもりしてたってことか。


「迷惑かけるんじゃあねぇ!」

「いたっ」


 普通に頭を殴られたクルーブは恨めしそうな顔をしてスバリを睨んだ。


「ちゃんと護衛してたじゃんか」

「俺ははぐれるなって言っただろうが」

「はぐれてないじゃん」

「結果的にそうなっただけだろうが、ったく。お嬢様もすいやせんね、こいつのことは放っといて坊ちゃんのそばにいてくださいよ」

「……はい」


 合流したのをいいことにあちこちを見回していたイレインは、一拍遅れて素直な返事をした。俺が気づているのだから当然スバリもそのことには気づいているだろう。

 ウォーレン家の見張りから解放されて好き勝手やってる。


「楽しいかよ」


 スバリの指示に従って近くへやってきたイレインに小声で尋ねる。


「楽しい。普段からもうちょっと自由な時間が欲しい」


 ぼそりと答えて飴を口に運ぶイレインは、貴族ではなく、ちょっとした金持ちのお嬢様くらいには見えるかもしれない。それくらいには今のイレインには貴族子女らしさが欠けていた。


「学園行けば多少自由になるんじゃねぇのかな」

「あと4年半、長いな」


 再びクルーブに口うるさく注意していたスバリは、俺たちの方を向いて口を開く。


「そういや仲良しだったんですっけね。お二人で出かけたいだろうにお邪魔して申し訳ありやせんね」

「いえ、お気になさらずに」

「全然気にしないでください」


 ほぼ同時に答えた俺たちに、スバリは顔をくしゃりとさせて笑った。

 そうするとちょっとだけ年取って見える。

 表情がない方が若く見えるって変な感じだな。


「スバリさんっておいくつなんですか?」

「俺か、俺はそろそろ40になりやすかね」

「……若く見えます」

「そうですかね。ま、ダンジョンみたいな日の当たらないところに潜ってばっかりいるので、年を取らないんですかね」


 植物じゃないんだから日に当たらないからって成長が止まるってこともないだろう。ジョークなのかと思って表情を伺ってみたけれど、ニヒルに笑うスバリからは感情をうまく読み取れない。


 しょうがねぇか。

 前の世界と合わせても俺より年上だし、命懸けで探索者シーカーをしてきたんなら、くぐってきた修羅場の数も段違いだろう。

 俺も色々鍛えてるけど、命懸けで戦ってるようなやつらにどれだけ抵抗できるかなんてわかんないしな。


 そう考えるとクルーブだって、もうちょっと大人っぽくてもよさそうなもんだけど。苦労が顔に出ないタイプなのか、初めて出会った時と容姿にはあまり変化がない。


 こいつ苦労してるのかな? 活躍してる話しか聞かないんだよな。

 俺の中ではクルーブの分までスバリが苦労してる説が濃厚だ。


「ま、好きなところ歩いてくだせぇよ。俺たちは後ろからついていきやすから」

「案内してもらってもいいんですが……」

「折角ですから自分の足で色々探した方が楽しいですぜ」

「わかりました。ルーサー様、行きましょう」


 こんな時ばっかり積極的になるんだよなぁ。

 イレインは先ほどあちこち見ている間に次に向かう場所を決めていたのか、迷いなく人ごみの中を進んでいく。

 ま、今日向かう場所はイレインに任せるか。どこ行っても初めてだから俺も楽しいし。


 腹も満たされてうろつきも終わった後、イレインは賭けありの盤上遊戯と真面目に向き合っていた。俺はルールもよくわからなかったけれど、イレインは一度聞いただけでなんとなくルールを把握したらしい。

 片手に握った小遣いをベッドして、粗末な椅子に腰を下ろし、粗削りに駒を手に取った。


「こんなかわいらしい嬢ちゃんから金をせしめるなんて具合が悪いなぁ」

「お手柔らかにお願いします」


 無精ひげのおじさんがぽりぽりと頬をかいたが、イレインは盤上全体に視線を落とし顔を上げようともしない。


「……ま、楽しめるくらいには手加減してやるさ。そっちから先に動かしていいぜ?」

「ではお言葉に甘えて」


 細い三つ指で駒をつまんだイレインの姿は、妙に様になっていた。


 数分後、無精ひげの男は難しい顔をして腕を組み、しばし唸った後に声を絞りだす。


「参った、こりゃ油断していた。嬢ちゃん、今日初めて打つなんて嘘ついちゃいかん。すまんがもう一戦頼む、次は本気でやらせてもらう」

「受けましょう」


 イレインはやはり盤上から顔を上げない。

 ただ駒の頭を指先でとんとつついてから、盤上を初期状態に戻し始めた。


 こいつ、剣と魔法のファンタジー世界で何はじめようとしてんだよ。

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