第66話 迷子になりそう

 簡単な手続きを終えて貴族街の門から出ると、そこは祭りの警備をしている兵士たちの休憩所のようになっていた。

 スバリがその間を「すいやせんね」といいながら縫うように歩いていく。あからさまに怪しい姿だったけれど、貴族街の中から外へ出てきたわけで、その時点で怪しいもくそもない。

 兵士たちに呼び止められることなく休憩所のようになっている広場を抜けると、道が人でいっぱいになっていた。

 通り抜けられないほどではないけれど、祭りだけあって、元の世界の縁日のような混み具合だ。ここ一か所ならともかく、これが街全体に広がっているのだとしたら大したものだ。

 あちこちから漂ってくる香りは、もはやまじりあって何の食べ物によるものなのかもわからない。

 ただ、香ばしいような焦げ臭いようなにおいははっきりと感じられた。


「思ってたより驚かないなぁ、つまんない」

「驚いて声も出なかったんですよ」

「もっと、わぁとかおぉとか言いなよね、面白くないなぁ」


 王都ってこんなに人がいたんだな。

 でも素直に驚くには俺たちは都会に暮らしていたからなぁ。

 元の世界でも田舎しか知らない人だったら声くらいあげたかもしれない。


「坊ちゃんがた、好きなとこ行っていいですよ。俺は後ろから見守ってますから。ただし、二人ばらばらになるのだけは勘弁してくだせぇよ。クルーブ、お前は迷子になっても探してやらねぇからな」

「なるわけないじゃん。スバリこそ僕とはぐれたら探してあげないからね」

「馬鹿が、その状態を迷子になってるって言ってんだよ、はぐれるんじゃねぇよ」

「はぁ? スバリは自分本位だよね。あ、いい匂い」


 言ったそばから勝手にふらふらと歩き出したクルーブの後をついて歩く。

 俺もイレインも一応街の地図は見てきたけれど、これだけ人がいて、普段はない屋台が立ち並んでいると、自分たちがどこにいるかなんてわからない。

 いざとなれば王城を目指して歩けば、いずれは家にはたどり着けるので心配はないが、できれば迷子なんかにならないで王誕祭を楽しみたい。


 俺たちの変装はスバリの言う通りお粗末なものかもしれないけれど、みんながそれぞれ祭りを楽しんでいるおかげで、注目を集めることも無いようだった。

 これだけ人がいるのだから、もしかしたら俺たちと同じようにお忍びの貴族とかも歩いているかもしれない。


「はい、ルーサー君の分。イレインちゃんも食べるの?」


 こいつマジで貴族に対する礼儀とか知らないよな。

 俺んち以外の場所に行ったらめちゃくちゃなトラブル起こしそう。

 貴族の女の子をちゃん付けで呼ぶな。


 イレインは嫌な顔をせずにさっと串肉を受け取った。呼ばれ方よりも食べ物を優先したようだ。お前は本当にそれでいいのか?


「頭っからかぶりつけばいいんだけどさー、貴族にはちょっと……わぁ」


 よかったな、俺たちじゃなくてお前の口から驚きの声が漏れたぞ。

 俺は面白い。

 イレインが説明をするよりも早くワイルドに肉にかみついたことに驚いたのだろう。

 だってどう見たってそんなことするタイプには見えないもんな。

 口の端にたれがつけたままふた口目。


 口いっぱいに肉をほおばって、咀嚼しながら周りの屋台を見回している。お嬢様のやることじゃねぇって、それ。

 俺の方が丁寧に食べてるぞ。


「……僕の分もいる?」


 あまり豪快な食べっぷりに、クルーブが一口だけ食べて残りをイレインに差し出す。

 一瞬手を伸ばしかけたイレインだったが、すぐに首を横に振った。そして一応口にの中にあるものをちゃんと飲み込んでから答える。


「他のも食べてみたいので」

「あ、食べるんだぁ……。よし、じゃあ次はあっち」


 クルーブが先導、そのあとにイレインがびったりとついて、さらにその後ろを半分呆れながら俺がついていく。

 ……ま、俺も楽しいけどね。

 街に目を走らせてみるとわかることがたくさんある。

 サフサール君が言っていたけど、貴族以外の市民の生活には、結構貧富の差が大きくあるようだ。

 大通りには親と一緒に歩きながら蒸したパンのようなもの分け合う兄弟。

 路地裏には落ちていた食べ物を奪い合っている痩せた子供たち。


 そういえばと思ってそのまま背後までみやると、俺のすぐ後ろにちゃんとスバリが着いてきていた。


「……祭りは楽しくないですかね。お嬢様ははしゃいでらっしゃるみたいですけど」

「楽しいですよ。皆が何買っているのか見てたんです」

「そりゃあ良かった。でも前を見て歩いてくだせぇよ。人にぶつかるくらいならいいですけど、二人を見失ったら大変ですぜ」


 指摘されて前を向くと、おこちゃまと食いしん坊の二人の姿が随分と遠くなっていた。慌てて足を早め、人にぶつからないように体をよじりながら道を進んでいく。

 剣術の稽古を欠かさずやっていたおかげか、人をよけるのはそれほど難しくない。


 狭い場所を通ってしまったので、後からくるスバリが大変かもしれないと振り返ってみたけれど、特に問題なく着いてきているようだった。

 俺の時とは違って、スバリが歩くとほんの少しその前方のスペースが空く。

 猫背でも十分な身長があるスバリは、近くで見ると結構威圧感があるのだろう。ほっといても道を開けてもらえる。

 その道を「すんませんね」といいながらスバリは悠々と歩いてくる。


 俺がようやく二人に追いついたときには、クルーブとイレインは両手に串焼きをもつ二刀流に装備を変更していた。

 こいつさては今日、日ごろのうっ憤を晴らすべくマジで楽しむ気だな?


 ま、たまにはいいか。

 イレインによれば、ウォーレン家の使用人には『見張られてる』感じがするらしいから、今日くらい羽を伸ばしてもね。

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