第65話 街へ出る前に
「今日はよろしくお願いします」
「やめてくだせぇよ、頭下げるとか。こいつは坊ちゃまに魔法を教えてるかもしれませんが、俺は一介の
「優秀な
「はぁ? 僕そんなこと言ってないし! は?」
一緒にダンジョンに行って前線で戦う様を、そりゃあもう、楽しそうに語ってくれてたけどな。俺はクルーブの実力を信用してるから、クルーブが評価するならこのスバリって冒険者も強いんだと思っている。
実際短期間でバリバリ稼いで、街でのんびりしてる時間が長いっていう一流の
「言ってないからな、勘違いするなよな」
「わかってるよ、うるせぇな」
クルーブの猫パンチがスバリの肩に連続ヒットする。
体をわずかに揺らしがらめんどくさそうに答えるさまは、まるでちょっとやさぐれた父親だ。
そしてクルーブは子供。
これはいつもの印象と変わらないけど。
「えー……、王誕祭の街をうろつきてぇんすよね? んで、そりゃあ変装のつもりですかい?」
「一応、街の人に合わせた服を……」
俺の返答にスバリはぼりぼりと頭をかいた。
やれやれこれだからお坊ちゃまはという声なき声が聞こえてくる。
「街に住む奴らはね、そんなパリッとした服は着てねぇですよ。髪だってそんなキラキラしてちゃねぇ……」
「すみません……」
「あ、いや、責めてるわけじゃねぇんですよ。バレバレだろうが、そのために俺らが護衛についてるわけで。おい、クルーブ、この坊ちゃまもっと元気な跳ねっかえりだって言ったじゃねぇか。めちゃくちゃ礼儀正しいじゃねぇかよ」
ふーん、俺若くて耳がいいから、大体全部聞こえてるけどね。
クルーブが俺のことどう思ってるかよくわかったよ。
「猫かぶってるだけだし、生意気なガキだよ」
「生意気なガキはお前だ! すみませんね、うちの馬鹿が」
「いえ、クルーブさんはいつもこんな調子なので」
もはやこれぐらいのことじゃ腹も立たない。
どちらかというと、こういうのよりも、ニコニコしながらからかってくるときの方が腹が立つ。俺からしたらいつもまた始まったよって感じなのだが、クルーブは上手くからかってやった、みたいな達成感じみたものを得ているのが余計に腹が立つ。
定期的にほっぺたひっぱたいてやりたい衝動に駆られる。
まあでも、クルーブ自体は、俺のことを手のかかる弟ぐらいに思ってくれてそうなので、好きか嫌いかって聞かれると前者なんだよな。喋ってるとたまに素が出てしまう。
二人きりで訓練をすることも多いからかもしれない。
「それで、こっちのお嬢様がイレイン様か。何か失礼があったらすぐに教えてくだせぇよ? 俺らは礼儀作法なんて身に着けてないもんでね、悪気はないんでさ。俺が怖かったらこいつのそばにでもいてくだせぇよ。中身はガキですが、顔は小綺麗だから怖かないでしょうよ」
「いえ、本日はよろしくお願いします、スバリさん、クルーブさん」
イレイン、猫かぶりモード。
めちゃくちゃ今日を楽しみにしてたくせに、俺を矢面に立たせる気だな。
どっから変なうわさが広がるかわからないから仕方ねぇけどさ。
「……こちらもしっかりしてやがらぁ。そんじゃ行きますかね。結構歩くことになりやすが、体力に自信は?」
「あります」
「ま、足が痛くなったら言ってくだせぇ。そしたら適当なとこで休みやすからね」
「くれぐれもよろしくお願いいたします、クルーブさん、スバリ様。私もついていきたいところなのですが、何かあったときに却って足を引っ張りかねませんので」
「あ、こりゃご丁寧にどうも。暗くなるころには元気にこちらへお見送りしますので」
スバリが後頭部に手を当てながらぺこぺこと頭を下げた相手はミーシャだ。
お出かけが決まってからはずっと、俺に街の怖さを教えてくれた。
でもね、路地裏に入ると骸骨の化け物が出るという噂があるとか、暗くなると光石で作られた影が勝手に動き出して襲ってくるらしいと聞いたとか、そういう子供じみた脅しは止めようね。
心配してくれてるのはよくわかったから。
俺が「そっかー」と気のない感じで答えると「ルーサー様に何かあったら、私は……」と結構マジなトーンで言われた時は結構慌てた。
絶対に気を付ける、怪我もしないとガッツリ約束をして、こうしてお出かけの日となったのである。
「クルーブさん、お願いしますね」
「大丈夫だってぇ」
「……クルーブさん、お願いしますね」
「わかったわかったぁ」
「お願いしますよ?」
「しつこいなぁ……、あ、う、うん」
眼力がね、強い。瞬きをしようね。
よそ見してへらへらしてたクルーブが、三度目のお願いでようやくミーシャの顔を見て、直後目を泳がせる。
しゅんとしてしまってちょっとかわいそうだ。
この二人どんな力関係なんだろう。
「……別にそんなに心配しなくても、ルーサー君結構強いのに」
ぼそっと嬉しいことを呟くクルーブ。
目をがん開いてクルーブを見つめるミーシャ。
「張り切って護衛しよ! ね、スバリ、マジでやってよねぇ!」
「俺は最初っからそのつもりだっての……」
びしびしとスバリの肩をつつきながら、クルーブはそっと場所を移動してミーシャの視線から隠れるのだった。
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