第62話 めんどくさい事情

 俺たち殿下の金魚の糞は、殿下を欠くことによって能動性が全くなくなる。

 たまにヒューズが鼻息を荒く何かを始めて、から回ってるのを俺が楽しく眺め、ベルが一緒になって頷くぐらいだ。

 イレインは人前であまりしゃべらないし、ローズは殿下がいないとただの勝気なお嬢様になってしまう。

 俺は俺でやることがないと、体の中に魔力を移動させてみたりするのに忙しい。

 新たな交友関係を作ろうにも、フラットな気持ちでお付き合いしてくれる貴族子女がいないのだ。俺たちは殿下一派という雰囲気を確立しすぎた。殿下と一緒にいることが多い以上、あからさまに媚びを売ってくる変なのとは仲良くし辛い。


 プロネウス王国は歴史のある大きな国だ。

 国土が広いだけに貴族の力も大きく、国王といえど何でもかんでも自分の思い通りにはできない。自分を支援してくれる貴族たちに利益を分配し、勢力を広げる必要がある。

 幸い今の国王は、ウォーレン家、セラーズ家という軍事的に強い伯爵家とのつながりが強く、腐敗を嫌う侯爵家からの支援も手厚いようだ。オートン伯爵は西の帝国との戦いに忙しく、中央の政治にあまり興味がない。

 あまり話に出てこないのは東のシノー家だが、その理由は殿下と同じ世代の子供がいないからだとか。他3家が今の陛下と同年代なのに対して、シノー伯爵は俺の爺ちゃんと同年代なんだってさ。あと単純にちょっと遠いってのもあるけど。 


 んでもって俺たちの内訳が、俺がセラーズ家、イレインがウォーレン家。これが陛下と仲のいい伯爵2家になる。

 それから中央の話に興味のないオートン家も、こっそりヒューズを派遣。オートン伯爵本人は興味がなくても、周りにいる知恵のまわる大人たちは後れを取ってはならぬときちんと動いているのだろう。

 さらにいわゆるまともな侯爵家の代表がベルことマリヴェルの爺ちゃんであるスクイー侯爵というわけだ。


 殿下、気づかぬうちに盤石の布陣である。


 ところが実は、この布陣には穴がある。

 それが、ローズ=スレッドだ。

 この家なんと、実は現陛下とは割と仲が悪い。古き悪き貴族の家という感じで、いかに王族から力をそいで、自分たちで好き勝手にやるかを考えている貴族、なのだそうだ。

 父上は陛下の懐刀として財務大臣になり、国庫の財布を引き締めているせいで、その辺の貴族たちから反感を買っているというわけだ。


 ま、この辺は俺が知っている事情だから、それこそスレッド侯爵側からしたら別の言い分があるのかもしれないけどさ。実際スレッド侯爵のお膝元の街は、大層栄えているらしいからね。


 スレッド家がおとなしくローズをこちらにいれているのは、もしかしたら殿下の代になってから、また何かを仕掛けようと企んでいるからなのかもしれない。

 まぁ、誤算があるとするならば、ローズがかなり本気で殿下に惚れていることだと思うけど。ローズがもし王妃になったとして、殿下が嫌だよって言ったら、家の言うことなんか聞かないんじゃないか?

 ……ちょっと気になることができたな。今のうちに聞いておくか。


「ローズ嬢、ちょっといいですか?」

「なにかしら」


 椅子に座って頬杖をついて退屈そうにしていたローズは、視線だけをよこして返事する。殿下がいないのと俺たちに馴染みすぎているので、めちゃくちゃ気を抜いているようだ。


「ローズ嬢って殿下のどこが好きなんです? 最初から好きだったんですか?」

「……あなたって、たまにすごくデリカシーがないわよね!」

「失礼しました。殿下がいない時でないと聞けないなと思って」


 ローズは姿勢を正すと素早く周りに目を走らせた。

 時折止まるのは視線の先には、いわゆる反陛下派の貴族の子供がいる。近くにそれらがいないことを確認してから、ローズは声を潜めて答えた。

 その昔だったらきーってなって騒いでいただろう。我ながら随分と仲良くなったものである。


「最初はお父様やお母様に言われて近づいたわ。どうして話しかけたらいいかわからない私に、殿下が一番に声をかけてくださったの。そんなにきれいなドレスは初めて見たって」


 殿下って天然ジゴロなのか?


「一緒に遊ぼうって手を引いてくださったのよ。他にもたくさんいる中、私の手を、一番に。運命だと思わないかしら?」

「そうかもしれませんね」


 よっぽど目立つドレス着て行ったんだなーって思ってます。


「それだけですか?」

「……それだけよ、悪い?」

「いえ、情熱的ですね」

「あなたは情熱的じゃないわよね。魔法や剣術にはご執心みたいだけど」

「強くなって損はないでしょう?」

「たまには殿下を見習ってイレインを褒めてあげなさいよ。あなた、ベルの衣装を褒めてたのに、イレインには何も言ってないでしょう。許婚が聞いてあきれるわ」


 あー、俺が突然イレインの容姿とか服装を褒め出したら、多分すっげえ嫌な顔されるぞ。そりゃああいつは美人だし、雰囲気にあった清楚な感じのドレス着てくるんだけどさ、俺にとってはただの友人なんだよなぁ。

 ちなみにベルのことは確かに褒めた。

 今年は男の子か女の子かわからない服じゃなくて、かわいらしいフリフリの服着てきたからね。あとベルは褒めてやると満足げな顔してくれてかわいいので褒めます。


「いや、その辺はお互いわかってやってますし、こっそり褒めてます」

「本当かしら、愛は伝えないと伝わらないのよ? あーあ、殿下に会いたいわ、早く今日が終わらないかしら」


 そう言っておそらく殿下がいるであろうパーティ会場の方角を見つめるローズ。

 仲良くはなったけど殿下と天秤にかけると俺たちは二の次だ。そんなに情熱的に愛されてもなんも返せないからいいけどね。


「おい、ルーサー」


 とにかく時間をつぶすことばかり考えている俺の袖がひかれる。


「なんですか?」

「なんか来てる」


 そこへ数人の貴族子息が近づいてきたのに最初に気が付いたのは、退屈そうにけちをつける相手を探していたヒューズだった。年上が近づいてきたからって、俺の陰に隠れようとするのやめろよな。

 

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